ブログの更新を停止します

ブログの更新を停止します

ブログを“閉鎖”することにしました。
2週間前から私のツイッター・アカウントやInstagramのアカウントに不正アクセスの痕跡が何度も見られたのですが、タイミング的に私のブログがどこぞのブログに転載されたのとほぼ同時期だったので、今後の更新をストップすることにしました。なにがどうトリガーになっているのかわからない以上、ストップしようと思った次第です[1]後にECサイトからの個人情報流出が原因だったことがわかりました。なお、Twitter、Instagramについてはアカウント自体を削除しております。
また、そもそもの話として、今後「遊井かなめ」名義で仕事をするつもりが私にはないのでブログが必要なくなった――というのも、“閉鎖”の理由としてはあります。

ところで

某ブログに私のブログが転載されたという話について、少し説明しておきます。
某掲示板で私に関する噂話がひとり歩きしているようで、それが某ブログにコピペされてしまったようです。
その噂話に関してですが、内容を見るに、ミステリ作家の山口雅也氏が盛って語ったものがベースになっているようです。
ただ、その噂話を書き込んだ方は、山口氏が意図的に伏せた内容については知らないのだろうと思います。
もう業界に関わる気はないので、山口氏が伏せた内容について今から公表します。

契機

2017年10月27日、第27回鮎川哲也賞の授賞式当日。私は山口氏と書店廻りをしていました。私が編集を担当し、山口さんが監修した『奇想天外復刻版』『21世紀版』の告知をすべく、都内書店を訪問したのです。

ある書店で、山口氏が1冊の本に興味を示しました。その書店の「オススメ」としてPOP付きで紹介されていた本で、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』でした。つまり、第27回鮎川哲也賞の受賞作です。

山口氏は私に、同書の内容を教えてくれと訊いてきました。私はすでに読了していたので、答えました。
山口氏は途端に不機嫌になりました。「『生ける屍の死』の盗作じゃないか」と怒りだしたのです。
『屍人荘の殺人』を読まれた方ならわかるとは思いますが、同書は山口雅也『生ける屍の死』とはまるで別の作品です。両作とも、ゾンビ(『生ける屍の死』の場合は、厳密にいえばリヴィング・デッドですが)が登場しますが、ジャンルがそもそも違うというのが私の見解です。『屍人荘』に近い作品があるとすれば、むしろ有栖川有栖さんの『月光ゲーム』だろうと考えています。

それはともかくとして、書店廻りの後に、私と山口氏は鮎川賞の授賞式に行ったわけですが、山口氏の怒り様はすさまじく、ご友人の作家に「『屍人荘』をどう思うか?」を問いながら会場内を歩き回っていました。

悪化

『奇想天外』の売り上げが思ったほど伸びず、一方で『屍人荘』が「このミステリーがすごい!2018年度版」「週刊文春ミステリーベスト10」「2018 本格ミステリ・ベスト10」で三冠を達成した結果、山口氏は心身ともに弱ってしまい、体調を崩されました。『屍人荘』は自作のパクリだと言っては、怒り、落ち込むようになりました。
見かねた私は、『生ける屍の死』および〈キッド・ピストルズ〉シリーズの光文社からの復刊を、話としてまとめ上げました。
『屍人荘』をそんなに敵視するなら、『生ける屍の死』をカウンターとして世にもう一度出せばいい――そう思ったからです。

復刊が決まると、山口氏の体調は一気に良くなりました。復刊に向けて猪突猛進で進んでいきました。

ところが、2月。
山口氏は、今村さんが『生ける屍の死』を参考にしなかったという話をどこかから聞き付けてきました。
パクリではなかったと納得して、この話も収まるかなと思っていましたが、違いました。
『生ける屍の死』を読まずに書いたのであれば、それはミステリを勉強していないということであり、本格ミステリというジャンルにとって不誠実ではないか?――山口氏はそのように考えたようです。そして、そういう作品に賞を与えた東京創元社、そして発売後に評価した書評家たちに問題があると山口氏は考えるようになりました。元々、山口氏が東京創元社に対して、数年前から不信感を抱いていたことも原因としてはあったとは思います。
ここから山口氏はブレーキが効かなくなります。東京創元社の某編集者を業界から追放しようと、そして東京創元社にダメージを負わせようと山口氏は動き出したのです。
山口氏は友人の作家に次々と電話しました。東京創元社に関する情報収集を始めます。電話は30分どころか、1時間を超えることもザラ。長電話に不快感を示した作家さんもいて、私に苦情が届くようになりました。
一方で、容疑者X問題[2]2005年末頃に起こった騒動。本格ミステリ業界における内紛。「このミステリーがすごい!2006年度版」「週刊文春ミステリーベスト06」「2006 … Continue readingを蒸し返した作家もいて、話はますますややこしくなっていきました。山口氏の怒りは本格ミステリ作家クラブや探偵小説研究会にも向かうようになったのです。[3] … Continue reading
紆余曲折ありましたが、『生ける屍の死』は校了。1ヵ月ほどの“休暇”を挟んで、次は〈キッド・ピストルズ〉シリーズの復刊に取りかかることになりました。
しかし、集中する作業がなくなったことで、山口氏は『屍人荘』と東京創元社へのどす黒い感情にますます飲み込まれていきます。
山口氏は『屍人荘』への反論をどこかで発表したいと言い出しました。私は「そんな場はどの版元も用意しないでしょ。どうしてもやりたければ、読んだ上で本格ミステリ大賞の選評[4] … Continue readingに書けばどうですか? 候補作を全部読まなくても、棄権という形で意見は出せるでしょう」と提案しました。
山口氏はそれに従い、選評を書きました。ところが、山口氏は『屍人荘』を読まずに、選評を書いてしまったのです。

『屍人荘の殺人』が大賞候補となった件に対して異議があるので投票棄権いたします。

拙著『生ける屍の死』のアイディアの核は、死者が甦る設定における本格推理の設定とそれによる推理のミスリードであり、これは前例のない私のオリジナル・アイディアです。

それをアイディアの基盤とする『屍人荘』は先行作のアイディア流用という点でオリジナリティに関して疑義があります。

「ジャーロ」Vol.64より抜粋

全文は「ジャーロ」Vol.64に載っているので、そちらをお読みいただければと思いますが、あの選評は、山口氏が『屍人荘』を読まずに書いたものです。

『屍人荘』についてはそれでひとまず気が済んだのか、山口氏は次に前述の東京創元社の某編集者と某書評家を業界から追放しようと、本腰を入れて動き出しました。
その頃になると、長電話が原因で、山口氏は周囲から疎まれるようになっていました。山口氏は私なら電話に出てくれるだろうと、1日に何度も電話をかけてくるようになりました。いちばん多い日で1日16時間ほどかかってきたこともありました。
「トイレに行ってる以外は、俺からの電話に出ろ」と恫喝されたこともありました。「妻と夕食中なので、今はやめてくれないか」と頼んでも、妻を中傷されるだけでした。私は睡眠不足に悩まされることになります。

そして、5月。山口氏は本格ミステリ作家クラブに対して意見書を出しました。東京創元社と東京創元社のある編集者を名指しして、彼の追放を求めたのです。

『屍人荘』の版元は鮎川賞作家たちに、いかなる理由か「本格ミステリ作家クラブへ入るな」と言っているという事実を把握しています。現実に鮎川賞作家が本ミスに入会しないという状況は続いております。私は昨年この件について歴代会長二名にことの経緯の事情聴取をしましたが、現在までのところこの件について本ミス内部で議論されることもなく今に至るまで不問に付されたままです。もし『屍人荘』が本ミス賞を受賞した場合、版元は「入るな」と言っている団体からの賞を受けるのでしょうか? 自らが認めていない団体からの賞は辞退するというのが筋というものなのではないでしょうか?

山口氏が本格ミステリ作家クラブ執行部に提出した意見書より抜粋

言うまでもありませんが、山口氏はそんな事実は把握しておりません。噂話のまた聞きでしかありません。さらにいえば、東京創元社は現在、本格ミステリ作家クラブの“運営団体”でもありますから、この内容は山口氏の勘違いでしかありません。今村さんの件と同じく、単なる被害妄想です。

決別

当時、本格ミステリ作家クラブ執行委員にいた私は、山口氏に鈴をつけて火消しするよう、執行部から指示を受けました。
ただ、当時睡眠不足だった私には、火消しは不可能でした。いま思えば、執行部からの指示は断っておくべきだったと思います。
冷静な判断ができる状態になかった私が、火消しを担当すべきではなかったと悔やんでおります。
結果、私は某ベテラン作家を怒らせることになり、某版元の某編集者の不興を買うようになりました。執行部からも追い出されることになりました。当然だと思います。
山口氏はなおも暴走。東京創元社の編集者ではないですが、別の版元の編集者を追放することに成功します。なお、この「別の版元の編集者を追放」について補足すると、山口氏は彼を罠にはめようとして、私に盗聴の依頼もしています。仁義にもとるので私は断りましたが、山口氏は私が断ったことに関して憤っておりました。

そうこうする内に、6月に〈キッド・ピストルズ〉シリーズの復刊作業が始まりました。
ここで問題がさらに発生します。
2作目『キッド・ピストルズの妄想』の推薦エッセイを担当されたのは、棋士の糸谷哲郎さんですが、あれは当初まったく違う方が書くことになっていました。とある若手本格ミステリ作家にお願いすることになっていました。その方とは契約書も交わしていましたが、山口氏が契約を無視して、勝手に思いつきで糸谷氏に依頼してしまったのです。私は抗議しました。契約書は無視しないでくれと。
また、山口氏は『生ける屍の死』の発刊イベントを、光文社にまったく相談せず、勝手に決めてしまいます。私は注意しました。光文社に話を通してから動いてくれないかと。

私は山口氏に伝えました。
「不義理ばかり働かれては困る。このままでは、私は担当の編集者として責任がとれない。責任がとれない以上、2作目『キッド・ピストルズの妄想』の編集からは降りたい」と。
すると、山口氏は私に〈キッド・ピストルズ〉シリーズの復刊作業自体から降りるよう言い渡しました。

ここで、私と山口氏は絶縁します。

以降、山口氏は私の悪口を様々な場で言いふらしました。
私が山口氏から借りた資料を返還せずに“借りパク”したと言いふらされたこともありました。鵜呑みにしたある編集者からは注意されました。後に、不思議に思った私があらゆる手を使って調べた結果、山口氏が単に勘違いしていただということがわかりました[5]返却時に、資料一式を段ボールに入れてお送りしたのだが、段ボールの中を山口氏がよく探そうとしなかった――というのが真相だった
「山口氏がなにをしたかを公表したらどうか?」と勧めてくる作家もいましたが、私は黙りました。
ただ、あるとき、ある作家から「山口氏が電話してきては、君の悪口をずっと喋っている。仕事にならない。乱歩賞のパーティーでも30分ほど捕まって、君の悪口を聞かされる。どうにかしてくれ」と相談を受けました。
見かねた私はブログで、山口氏を牽制する記事を書きました。
これについては、後日、光文社のある編集者さんから注意を受けたので、取り下げました。
私はそれからはずっと口を閉ざすことにしました。
私が5ちゃんねるに書き込みをしたのでは?と疑う人もいるようですが、私はそもそも5ちゃんを毛嫌いしているので[6]とあるミュージシャンに関するコピペを見て以来、あの場を不快に思うようになったからだ、書き込んではおりません。
私は口を閉ざしました。

妨害

しかし、2019年1月。私は数名の作家から、ある報告を受けます。
「数名の作家」というのは、私が編集した『平成ストライク』(2019年4月に南雲堂から発刊)に寄稿した方たちでした。

2018年の年末。山口氏から彼らに電話があったといいます。
内容は「『平成ストライク』に寄稿するな。降りろ」というものでした。

私は版元である南雲堂に確認しました。すると、12月中旬頃に、山口氏から南雲堂に問い合わせがあったことがわかりました。どこかからか『平成ストライク』に関する情報を仕入れてきた山口氏は、執筆者として誰が参加しているのかを南雲堂から聞き取ったのです。
結果、山口氏は各執筆者に架電し、『平成ストライク』からの降板を迫りました。山口氏は私の仕事を妨害したのです。
さらに確認したところ、山口氏が装幀担当者の坂野公一さんにも降板するよう求めたことが判明しました。
さすがに私もこれには憤り、すぐに山口氏に抗議のメールを出しました。
そして、私は本格ミステリに関わるのもやめようと決め、本格ミステリ作家クラブを5月末で退会することにしました。

――というのが、私と山口氏との間で起こったことです。

さいごに

それはそれとして。
『生ける屍の死』は名作ですので、お読みいただければと思います。作品に罪はありません。
可能であれば、私の解説が載っている光文社文庫版をお読みください。

註釈

註釈
1 後にECサイトからの個人情報流出が原因だったことがわかりました
2 2005年末頃に起こった騒動。本格ミステリ業界における内紛。「このミステリーがすごい!2006年度版」「週刊文春ミステリーベスト06」「2006 本格ミステリ・ベスト10」で三冠を達成した東野圭吾『容疑者Xの献身』について、本格ミステリ系の一部の作家が「あれは本格ではない」「本格ミステリとしてはレベルが低い」と騒ぎ出し、同作を評価した評論家や作家を批難するという事件があった
3 『生ける屍の死』校了の日も、山口氏は現場に立ち会わず、某作家との容疑者X問題についての情報交換に夢中になっていました。当時の山口氏はモチベーションが創作にではなく、業界における政治ごっこに向かっていました。
4 本格ミステリ作家大賞は、本格ミステリ作家クラブに所属する会員たちの投票によって決まる。投票資格は候補作5作をすべて読むこと。すべて読まないものは、原則として無効である。投票者は、大賞にふさわしい作品の名前と、選評を書かねばならない。なお、投票内容は「ジャーロ」(現在は「紙魚の手帖)に選評も含めてすべて掲載される
5 返却時に、資料一式を段ボールに入れてお送りしたのだが、段ボールの中を山口氏がよく探そうとしなかった――というのが真相だった
6 とあるミュージシャンに関するコピペを見て以来、あの場を不快に思うようになったからだ