楠本まき『Kの葬列』のミステリとしての魅力について

楠本まき『Kの葬列』のミステリとしての魅力について

ミステリマンガといえば

twitter上でとあるミステリファンの方がオールタイムベストミステリドラマ&マンガなる企画を実施していたので、投票してみた。

まず、マンガのシリーズもの部門として私が投じた票はこんな感じ。

1位 楠本まき『Kの葬列』
2位 石森章太郎『佐武と市捕物控』
3位 岡崎京子『リバーズ・エッジ』
4位 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』
5位 筒井哲也『予告犯』#ATBミステリマンガs
1位は100点満点中の1000万点。

マンガのエピソード部門には次のように票を投じた。

1位 手塚治虫「エムレット」(『刑事もどき』収録)
2位 山上たつひこ「〆切りだからミステリーでも勉強しよう」(喜劇新思想大系』収録)
3位 とり・みき&京極夏彦「美容院坂の罪作りの馬」(『猫田一金五郎の冒険』収録)
4位 本秀康「音楽の行方」(『レコスケくん』収録)
5位 高信太郎「Zの悲劇」(『大冗談』収録)#ATBミステリマンガe

ここ2年ほど、この手のネット発の企画には参加しないようにしているのだが、どうしても楠本まきの『Kの葬列』を推しておきたかったので票を投じることにした。

なお、エピソード部門で、本秀康『レコスケくん』に収録されている「音楽の行方」を推しているが、同作はアメリカ音楽好きとしてはどうしても紹介しておきたかったもの。

本格ミステリ好きで、アメリカ音楽好きでレコードコレクターな方ならば、読んでおいて損はないはず。
あらすじとしては、こんな感じだ。

レコード屋帰りのレコスケくんは買ってきたブツを早速聴こうと、袋からレコードを取り出します。しかし、なんと中身が違うではありませんか。

レコスケはレコードの入れ替わりを手がかりに、どういう人が元の持ち主なのか推理しようとしますが……

さて、今回のエントリは、「レコスケくん」についてではなく、楠本まき『Kの葬列』についてである。
どうも、同作品に票を投じたのは私だけのようなので、となると誰も触れないだろうし、私が書いておくかという次第である。

楠本まきと 『Kの葬列』について

楠本まきは、製図ペンによる繊細でシャープな線、効果的に使われる黒ベタなどが絵の特徴としてあるが、退廃的な世界観、実験的で哲学的なネームなどもあって、唯一無二の存在たりえる漫画家である。

耽美かつゴシックな世界観。残酷なまでにイノセントな物語。ゴシック・カルチャーからの引用など。楠本まきの作品に溢れるそういった魅力が結実した作品としては、『致死量ドーリス』がある。
自傷行為、境界性人格障害、共依存などを扱った同作だが、作品のテーマは無垢の喪失への恐怖であろう。90年代後半から00年代初頭にかけてゴシック文化を愛する少女たちに熱狂的に支持された同作だが、そのテーマゆえに、彼女たちの世代の『ペット・サウンズ』と見做してもよいかもしれない。

しかし、ミステリ読者に、より薦めたいのは『Kの葬列』である。
同作は1993~94年にかけて「マーガレット」で連載され、その後「コーラス」に掲載された短編「Gの昇天」「utero」「intro.」と、描き下ろし「lty…?」を加えた全二巻で単行本化されている。2006年に祥伝社から刊行された『楠本まき選集Ⅰ』にも収録されており、現在は同書がもっとも入手しやすい。

『Kの葬列』本編は、墓地で始まる。
Kと呼ばれる文学者の葬式が行われる中、ひとりの青年が現れる。ミカヤと名乗る彼は67番地にある5階建てのアパアトメントに引っ越してきたのだという。
葬儀の参列者は同アパアトメントの住人たち。青年は案内されることになるのだが、彼が301号室に越してきたということを知って、住人たちは色めく。なぜならば、301号室というのは先日までKが住んでいた部屋だったからだ。
技師の鰐淵はミカヤを部屋まで案内した後、Kが普通の死に方ではなかったとミカヤに告げる。Kが死んだのは紛れもない事実だが、死体が見つからないのだと。

やがて、ミカヤの夢に二回続けてある男があらわれる。名前も知らない男。その男の特徴を、住人のひとりである“虚言癖のある少女”に話すと、彼女はその男は「Kよ」という。ミカヤは男が夢の中で横たわっていた部屋、302号室に入ろうとする。しかし、302号室は開かずの間。
少女は302号室の鍵を持っているとミカヤに告げ、ミカヤが301号室で見つけた指輪との交換を申し出る。ミカヤは応じず、独自に調査を始める。

エキセントリックな住人たちに聞き取り調査をするミカヤ。彼らの口から語られるKの人となりは、それぞれ異なったものであり、ミカヤはますます混乱するのだった。

そして、ついにKの死体がアパアトメントのある場所で見つかる。
502号室の住人である“モルクワァラ回収人”は住人全員をひとつの部屋に集め、こう述べる。
「それでは皆さん お揃いのようですので、 鰐淵さんから説明して頂きましょうか」 住人たちは彼らがそれぞれ抱えていた秘密を語りはじめるのだった――。

『Kの葬列』におけるミステリとしての魅力

ミステリの肝は「死体はどこにあるか?」ではない。
「住人全員がKの死を知っている=Kの死体を一度は目にしているにも関わらず、Kの死体が見つからないままという不思議な状況はなぜ生まれたか?」であり、「そもそもKはいつ死んだのか?」である。そして、最後の問いは自然と次のように転じるのである。
「Kの死体を最初に観たのは誰か?」

最終的に上に挙げた問いはすべて、証言を組み合わせていくことで作中で解決される。 推理で解決するわけではないので、本格とは言いがたいが形式はミステリそのものであり[1]最後に事件の関係者が一同部屋に集められるところは古き良きミステリの作法にも則ったものである。、謎もなかなかに魅力的だ。

マザーグース「とてもだらしのないおとこ」[2] … Continue readingが引用されていることも、ミステリ・ファンの興味を惹くのではないだろうか。

There was a man,a very untidy man,
Whose fingers could no where be found
to put in his tomb.
He had rolled his head far underneath the bed:
He had left his legs and arms lying
all over the room.

(訳)
ひとりのおとこがしんだのさ
すごくだらしのないおとこ
おはかにいれようとしたんだが
どこにもゆびがみつからぬ
あたまはごろんとベッドのしたに
てあしがばらばらへやじゅうに
ちらかしっぱなしだしっぱなし

しかし、『Kの葬列』本編だけでは解き明かされない謎もいくつか残ったままである。それらの謎は、前述した「コーラス」に掲載された3つの短編において語られることになる。
「Kはどうやって命を失ったのか」「Kの命を奪ったものは何か」――それらの謎については「Gの昇天」で。
捜査の中で浮上した「そもそもKとはどのような人物なのか」も「intro.」において。
また、本編では描かれなかった、住人のひとり“人形を作る女”は誰と何を話していたのかという小さな謎も「utero」で解き明かされる。

短編といえば、単行本では本編より前、つまり冒頭に掲載された「螺旋」は、92年に『Kの葬列』連載前に発表されたものであり、物語の時系列としても『Kの葬列』の前日譚とでもいうべきもの。
“モルクワァラ回収人”を視点主人公とした同短編は、奇妙な住人たちの顔見せ的な内容であり、単行本『Kの葬列』のイントロダクションにふさわしい一編である。[3]なお、同短編で何度か象徴的に描かれる螺旋階段であるが、そのヴィジュアルはおそらくバウハウスの89年のアルバム『Swing the Heartache: The BBC … Continue reading

さいごに

奇妙でいわくありげな登場人物たち、不可解な状況に生まれる謎は非常に魅力的である。螺旋、卵、指輪など、様々な「円」が登場する、その意匠も前時代的なミステリに通じるものがある。本格ミステリーとは言いがたいが、対話による捜査をきちんと描いたことも評価できる。
ミステリー漫画として、ミステリ読者にもっと読まれてほしい作品である。

なお、この作品では、証言(=証拠)の連鎖、証言同士が影響し合って真相が導かれるわけだが、この辺りを本格ミステリ的につきつめるとなかなか面白いので、いずれここでネタバレありで書いてみたいところである。

註釈

註釈
1 最後に事件の関係者が一同部屋に集められるところは古き良きミステリの作法にも則ったものである。
2 山口雅也が「だらしない男の密室 ――キッド・ピストルズの醜態」(『キッド・ピストルズの醜態』に収録)において引用したことでも知られる。
3 なお、同短編で何度か象徴的に描かれる螺旋階段であるが、そのヴィジュアルはおそらくバウハウスの89年のアルバム『Swing the Heartache: The BBC Sessions』のジャケット写真からの引用ではなかろうか