誤解を恐れず言うならば、私は狭義のオタクとは言いがたい。
ここ数年、ミステリ小説との並走関係がアニメに観測できたために、放映中のアニメはほぼ全部チェックするようにはしていたが、そもそも私は熱心なアニメ視聴者ではない。「エヴァンゲリオン」もリアルタイムでは視聴していないし、「ハルヒ」や「けいおん」もやはりリアルタイムでは視聴していない。
特撮にしても熱心な視聴者とは言いがたいし、『銀河英雄伝説』も『ロードス島』も『アルスラーン戦記』も読んだことがない。「ときめきメモリアル」も「マジック・ザ・ギャザリング」も「東方」シリーズも未プレイのまま。石森章太郎作品や江口寿史、とり・みき、岡崎京子などを愛読し、「COM」「COMIC CUE」は集めていたが、「ガンガン」も「エース」も読んでいないという有様なのだ。
ブリジット・バルドーとクラウディア・カルディナーレ
私はもともとディズニー/ピクサーのアニメはよく観ていたし、海外ドラマも映画も吹き替えで楽しむことが多かったので、声優さんになんとなく興味を持っていた。そんな私にとって良いガイドとなったのが、とり・みきの『吹替映画大事典』(三一書房)である。
「ブリジット・バルドーの声は小原乃梨子さんという方が務めているのか。この方はBBだけでなくCC(クラウディア・カルディナーレ)の声もやっているんだな。ほぉ、ジェーン・フォンダも! お色気女優さんが多いのね……と思ったらドロンジョも! そして、なんとこの人はのび太も演じているんだ! へぇー!」といった具合に。
そうはいっても、私の知識はその時点では非常に偏っていたし、興味があったとはいっても、そんなに強く興味を抱いていたわけではない。
なにせ、私は90年代になってから、つまり正確にいえば私は小学4年生になって以降、日本のアニメはジブリも含めてほとんど観なくなっていたからだ。
「エヴァンゲリオン」放映時に“林原めぐみ”の名すら知らなかった私である。そんな私がなぜ『声優論』という書籍を企画し、編著者という立場になったのかというのが、このエントリのテーマだ。
私が声優さんの声に強く興味を持つようになるまで
私が久しぶりに日本のアニメを観ることになったきっかけは、1998年4月放送開始の「カウボーイ・ビバップ」である。
同アニメは「TV Bros.」内の連載で取り上げられた後、サブカル少年の間で話題となった。
私のような渋谷系直撃世代のサブカル少年はまず同アニメのサントラにショックを受け(なにせDJで使えるフロア向けの音楽が揃ってましたからね)[1]98年でいえば、The Thrillが音楽を担当していたOVA「青の6号」のサントラも使えるレコとして、一部で話題になってましたね、そしてあのスタイリッシュな作風に魅せられたのである。
そこから遡って、やはり「TV Bros.」で取り上げられていた「少女革命ウテナ」を観るようになったわけだが、私はその時点でもまだ声優に強く興味を抱くようなこともなかった。アニメを声優を切り口に観るようなことはなかった。
しかし、1998年の7月末に私はある事実を知る。
そして、声優さんの声そのものに強く興味を抱くことになったのである。
ピチカート・ファイヴの小西康陽が岩本千春という歌手に提供した「キス」という曲がある[2]ドイツのバンガロウ・レーベルからリリースされた『Sushi3003』というコンピレーション・アルバムにも収録されたことで知られる。エルヴィス・プレスリー「ボサ・ノヴァ・ベイビー」のオルガンのフレーズを流用したジャジーな佳曲なのだが、なんとこの曲を声優の宮村優子がカヴァーするという情報を、ラジオか何かで知ったのだ。
調べてみると、宮村がリリースしたばかりのアルバム『産休』に同カヴァーは収録されているらしく、さらにプロデュースは高浪慶太郎が担当し、1曲目の「弱き者、汝の名は女なり」にはサーフコースターズの中重雄(当時、中シゲヲ)も参加しているという。
私は急いでレコード屋に買いに走った。だが、置いてなかった。そこで、私は初めてアニメ・ショップに駆け込んだのである。
そうして入手した『産休』は、渋谷系ガールズ・ポップスものの隠れ名盤ともいえる内容で、ガールズ・ポップスあり、ジャズ小唄あり、ラテンあり、ドラムンベースありで、とにかく面白かったのだ。そして、何より宮村の鼻にかかったような声がかわいかったのだ。
ポップス・ファンというのは、つきつめれば声フェチである。
私はここに来てようやく、声優の声そのものに魅了されるようになったのである。
私は宮村優子の声を聴きたくてレコードを集め、そしてラジオを聴くようになり(『声優論』のあとがきにも書いたように葉書職人にもなった)、ついには宮村優子の声を聞きたくて「エヴァンゲリオン」を観ることになったのである。
声優さんの歌うポップスには宝物が埋まっている
もちろん、この時点で大滝詠一が曲提供したスラップスティック「われらスラップスティック!」「デッキチェア」「海辺のジュリエット」も知ってはいた。そういうものがまだ埋まっているのではないかと私は考えた。そこで、リリース情報収集のために、古本屋も巡ってアニメ誌や声優のグラビア誌を集めるようになった。
そうして出逢った素敵なガールズ・ポップスの数々。
たとえば、亀田誠治がプロデュースを務めた國府田マリ子『やってみよう』。
國府田マリ子は南かおりとの『國府田マリ子・南かおりのSha-La-La~ふたり』で、ピーター・ポール&マリーの「PUFF(THE MAGIC DRAGON)」を取り上げている[3]ウクレレを弾いているのは高木ブー。
和製ウォール・オブ・サウンドの鬼才・岩崎元是が曲を提供した三石琴乃や金月真美。
スウェディッシュ・ポップス好きが高じてタンバリン・スタジオまで飛び、ウルフ・トゥレッソンに楽曲提供を受けた飯塚雅弓。
彼女は後にウルフ・トゥレッソンやトーレ・ヨハンソン、堂島孝平らも参加した傑作アルバム『SMILE × SMILE』もリリースしている。
私はポップス・マニアである。ガールズ・ポップスのコレクターでもある。
私は声優の歌うポップスに惹かれるようになり、次に声優の声に強く興味を抱くこととなった。
そして、約15年後、私は『声優論』を企画するに至ったのだった。