『生ける屍の死』(光文社文庫版)のリマスター作業について

『生ける屍の死』(光文社文庫版)のリマスター作業について

プロジェクトがスタートするまで

山口雅也さんの『生ける屍の死』及び〈キッド・ピストルズ〉シリーズを同一レーベルから文庫で刊行するというアイデアが最初に出たのは、2017年12月27日のことだった。
山口さんに私の考えを伝えた後、光文社文庫さんにすぐに連絡をとった。そして、年明けに光文社さんと話し合うことになった。12月28日の午前2時近くに私はこんなツイートをしているが、これはそのことをほのめかしている。

来年はダリアン・サハナジャみたいな仕事をすることになりそうです。

山口さんのことをブライアン・ウィルソンに、『生ける屍の死』と〈キッド・ピストルズ〉シリーズを『SMiLE』に、そして私自身をダリアン・サハナジャに見立てたジョークである。1)ブライアン・ウィルソン『SMiLE』については以前、拙ブログで触れているので、詳しくはこちらを参照。なお、偶然ではあるが、今回の光文社文庫版に収録したインタビューで、スマイル霊園のマークがビーチ・ボーイズのお蔵入りされたアルバム『スマイル』に着想を得ていることを知って驚いた。こういう偶然の積み重ねが山口さんとのやりとりでは非常に多い。ジャケット写真を見ていただくとわかるだろうが、屋根のところに唇のマークがある。これがスマイル霊園のマークに“サンプリング”されているわけである。

年明け直後、東京創元社さん、講談社さん、そして宝島社さんに連絡をとり、契約書を交わしていった。そして、1月23日に、次いで1月31日に光文社さんと打ち合わせをし、正式にプロジェクトにゴーサインが出た。

当時作った企画書を見ると、当初から『屍』に関しては分冊化が考えられていたようだ。
また、表紙については当初は漫画家を想定していたことがわかる(今回、記事をアップするにあたって、名前は伏せた)。「今の時代にも対応したデザイン」「若い読者への訴求力」という言葉もここでは出ている。

企画書の表紙
『屍』単体ではなく、〈キッド・ピストルズ〉シリーズの復刊として企画した
若い読者にいかに届けるかに重点を置いていることは、おわかりだろう
企画書の冒頭は大体こういう説明を入れがち
『屍人荘』直後というタイミングだからこそ通った企画だと思う
2017年時点では、〈キッド〉はマニア向けコンテンツ以外のなにものでもなかった
分厚いミステリが重宝される時代ではない。厚ければ、分冊すべし。
『13人目の名探偵』が復刻されるかどうかは不明

表紙について

今回、表紙が話題になっているようだ。表紙が今のものに決まるまでの経緯を、少し詳しく書いてみよう。
表紙については山口さんと何度も電話で話し合った。当初、画家のルネ・マグリットやフランシス・ベーコンの名前が山口さんからの口からあがった。
私はカメラマンのテッド・クローナー2)ボブ・ディラン『モダン・タイムス』のジャケット写真に採用された「タクシー、夜のニューヨーク」が有名。やブルース・デヴィッドソン3)ボブ・ディラン『トゥゲザー・スルー・ライフ』のジャケットに使われた写真が掲載された写真集『Brooklyn Gang』が有名、ロバート・フランク4)ローリング・ストーンズ『メインストリートのならず者』のジャケットに使われた写真が有名。ストーンズのツアーの様子を撮影した映画『コックサッカー・ブルース』の監督としても知られる。の名前を挙げた。ただ、山口さんのボブ・ディランに関する知識は80年代初頭でストップしていてほとんど更新されていないため、いまいちピンときていないご様子だった。
マグリットは旧版(創元推理文庫版)で使っていたためボツにしようという話になったが、そこで出たアイデアのひとつにマグリット「恋人たち」があった。私がミーティング中にたまたま聴いていたのがパンチ・ブラザーズの『燐光ブルース』だったから、という裏話もあるが、布袋を被っている男女というモチーフ、つまり生きているのか死んでいるのかわからない人物たちというモチーフは、表紙のデザインにひとつの方向性を与えることになった。

最終的に、表紙のイラストは、過去に『狩場最悪の航海記』や『落語魅捨理全集 坊主の愉しみ 』で山口さんと組んでいる磯良一さんにお願いすることになったのだが、その際に「恋人たち」のように会葬者に布袋を被せてほしいというリクエストを磯さんにはしている。

本文について

上下巻に収録されたインタビューを収録したのは、2月末。解説も3月半ばに書き上がった。

本文のゲラは旧版をもとに作成し、私のもとに上がってきたのは4月に入ってから。スケジュールの都合で2日で山口さんにパスする必要があったため、ざっと素読みをして、内容について疑問点を赤字で入れた。たとえば旧版には、キャラクターの名前に1箇所誤りがあったり、今では別の意味に取られかねず読者を誤導しかねない記述があったりしたのだ。

山口さんにゲラを送ると、山口さんからいくつか電話で問い合わせがあった。その中で漢字表記の統一について問われたので、調べてみると、旧版では表記の統一が不十分であることがわかった。そこで、私の方で再度、PDF形式のゲラを使って、表記について洗い直すことにした。
たとえば、「縮みあがる」「震えあがる」など気持ちに関わるものは今回「あがる」で統一し、「仕立て上げる」などの物理的に上げるものは「上げる」に統一しているのだが、これを徹底するため、PDF内で「あが」「あげ」「上」で検索をかけ、一個一個潰していったのだ。つまり、レコードのリマスター作業でいうところの、「ノイズ除去」の作業をデジタル(PDF)で進めたのである。

そうやって進めていく中で、山口さんからエピグラフ、推理パートについても大幅に書き直ししたいという申し出があった。これはすごいものになるなと、そのとき予感したのを覚えている。

巻末付録など

ところで。未収録作品リストについても話題になっていたが、これは山口さんから大体のリストを送ってもらい、それをもとに私が国会図書館や古本屋を周り、実物にあたって作成したものだ。
特に苦労したのは、「CLIP」と「月刊PLAYBOY」。
「CLIP」は古本屋にもなかなか出回っておらず、国会図書館と神保町の古本屋でも1冊分見つからなかったほどの難物だった。
「月刊PLAYBOY」は、山口さんが〈PB探偵局〉の連載を持っていた頃というのが、堀江しのぶや岡田有希子のグラビアが掲載されていることもあってどれもプレミア化。最終的に集英社さんに問い合わせて、ようやく実物を確認できたという有様だ。
細野晴臣のEP盤「Making of NON-STANDARD MUSIC/Making of MONAD MUSIC」についても最初は中身がわからず、リストに入れるかどうかも迷ったのだが、音楽ライターの田中雄二さんに問い合わせたところ、EP盤を所有していたため、中身を確認してもらった上で掲載した。田中さんにはこの場を借りてお礼を言いたい。5)細野さんのEP盤「Making of NON-STANDARD MUSIC」に付属された「GLOBULE」だが、執筆者の中には「ゼビウス」の産みの親として知られる遠藤雅伸がいる。ここで思い出されるのは、細野が1984年に出演したナムコのCM。「ゼビウス」や「マッピー」が紹介されるのだが、その時にバックでかかっている曲が、まさに「Making of NON-STANDARD MUSIC」である。

なお、作業の終盤で、旧版に掲載された霊園の地図に誤りがあることが発覚したのだが、その時はさすがに焦った。そこで、本文を読み込んだ上で、私と妻とでラフを作成し、それをもとに図版の担当者に作図してもらった次第である。

創元版に掲載された地図とほぼ別物といっても過言ではない

カバー周りについて

表4側の「甦るのは死者だけじゃない――」という文句は、妻が考案したものをそのまま採用した。

帯の背の部分は、上巻が「死を想え。」、下巻が「怒涛の展開・驚愕の結末!」となっているが、当初の構想では、上巻を「パンク探偵、最終章。」、下巻を「生ける屍、最後のケジメ。」にしようと考えていた。「龍が如く6」に倣ったもので、なかなか洒落ているなと思ったが、山口さんにダメ出しされた次第である。

http://ryu-ga-gotoku.com/six/

さいごに

企画が立ち上がってから半年ほどでようやく出版にこぎつけた『生ける屍の死』決定版だが、とりあえずなんとか形になってホッとしているところである。〈キッド・ピストルズ〉シリーズが無事に刊行されることを祈るばかりだ。

註釈   [ + ]

1. ブライアン・ウィルソン『SMiLE』については以前、拙ブログで触れているので、詳しくはこちらを参照。なお、偶然ではあるが、今回の光文社文庫版に収録したインタビューで、スマイル霊園のマークがビーチ・ボーイズのお蔵入りされたアルバム『スマイル』に着想を得ていることを知って驚いた。こういう偶然の積み重ねが山口さんとのやりとりでは非常に多い。ジャケット写真を見ていただくとわかるだろうが、屋根のところに唇のマークがある。これがスマイル霊園のマークに“サンプリング”されているわけである。
2. ボブ・ディラン『モダン・タイムス』のジャケット写真に採用された「タクシー、夜のニューヨーク」が有名。
3. ボブ・ディラン『トゥゲザー・スルー・ライフ』のジャケットに使われた写真が掲載された写真集『Brooklyn Gang』が有名
4. ローリング・ストーンズ『メインストリートのならず者』のジャケットに使われた写真が有名。ストーンズのツアーの様子を撮影した映画『コックサッカー・ブルース』の監督としても知られる。
5. 細野さんのEP盤「Making of NON-STANDARD MUSIC」に付属された「GLOBULE」だが、執筆者の中には「ゼビウス」の産みの親として知られる遠藤雅伸がいる。ここで思い出されるのは、細野が1984年に出演したナムコのCM。「ゼビウス」や「マッピー」が紹介されるのだが、その時にバックでかかっている曲が、まさに「Making of NON-STANDARD MUSIC」である。

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