インタビューにおけるグルーヴ感と、「ジャーロ」No.77に掲載された記事について

インタビューにおけるグルーヴ感と、「ジャーロ」No.77に掲載された記事について

インタビューでのグルーヴ感について

こういう仕事をしていると、いろんな話を聞く機会がある。インタビューなんかだと、お互い波長が合って話が転がると、本筋とは関係のないことに話が及ぶこともある。
過去の薬物体験。不貞行為。風俗でのアブノーマルな体験。――いろんな話を僕は聞いてきた。しかし、僕はどれも原稿に起こすことはなかった。本筋とは関係のない話だし、インタビューした相手や媒体にも迷惑をかけるし、なによりインタビュー相手のファンを悲しませる可能性があるからだ。
ただ、インタビューをしていて一番困るのは、相手が話を盛っているときだ。
僕自身に話を盛る癖があるためだとは思うが、僕は相手が話を盛っているかどうかが比較的すぐにわかる。大抵の場合、僕はその場で指摘せずに黙っておく。なぜなら、指摘することで、グルーヴが途切れるからだ。そう。気持ちよく喋っている内に、ついつい盛っちゃう――というのが、まれによくあることを僕は知っているからだ。グルーヴにハマって、饒舌すぎるソロを弾き出した――感じとしては、それと同じだ。
そういう盛った話は大抵使えない。原稿には起こせない。というのも、整合性がどこかとれていなかったり、ひどいときには話した本人が忘れていることもあるからだ。「私はこんなこと喋っていない」と叱られたこともある。あとで音声を聞き直してみると、その前後ですごく早口になっているのがわかる。要は、グルーヴに酔っちゃって口が滑ったのだ。だから、本人も忘れてしまっているということである。
それでも、ごくまれに盛った話が原稿になってしまうことがある。幸いにして、今まではゲラの段階で修正することができたが、実際に世に出てしまったらと思うと、恐ろしいものがある。だから、話を盛られると困るわけである。

インタビューというのは難しいな、注意が必要だなと、再確認するようなことが、ここ3ヵ月ほどで2度あった。
ひとつは小山田圭吾が「ロッキング・オン・ジャパン」で過去に受けたインタビューの件。そして、もうひとつは、僕がミステリ文芸誌「ジャーロ」(光文社)での連載企画のために行った取材の件でだった。

野口卓さんと僕

ミステリ作家がどんな環境で小説を書いているのか。どんな道具を使って物語を作っているのか。――僕が「ジャーロ」で連載している企画「バスルームで小説を書く100の方法」は、一人の作家を文化的な背景からではなく、使ってきた機材から捉えるドキュメンタリー企画である。インタビューを通じて、作家が使った機材を明らかにするとともに、小説の書き方を探っていくことを目指している。
最新エピソードで、僕は歴史作家の野口卓さんに話を伺った。

以前ここでも書いたが、実は野口卓さんと僕は、同じ編集プロダクションでの上司と部下の関係にあたる。木杳舎という音楽関係の書籍に強い編プロで、今はもうない。そして、僕を木杳舎に採用してくれたのが、野口さんだった。
関係が近い。これは非常に怖い。だから、インタビューを申し込んだ時点で、僕は気を引き締めることにした。師弟関係に戻らないよう警戒しつつ、インタビューを進めた。というのも、一度師弟関係に戻ってしまうと、どちらかが話を盛る危険性が高まりかねないからだ。野口さんが口を滑らせてしまうことはありえるし、逆に、僕が盛られたエピソードに加担してしまう可能性もある。かつての弟子としては、師匠にかっこよくいてほしいから、当然、それはありえる。
だから、繰り返しになるが、師弟関係に戻らないよう、僕は慎重に取材を進めた。確かに、ふたりの思い出話は盛り込んだが、それは「野口卓は編集者としても作家としても一貫していた」ということを示すために出したに過ぎない。そういうエピソードも盛り込んだがために、余計に気をつかった。師弟関係に戻らないよう、注意を払った。インタビューが終わった後、僕はすごくほっとしたのを覚えている。冷えてしまったコーヒーを飲みながら、長いため息をついてしまった。
印象的だったのは、テープを止めたあと。野口さんはそこでようやく僕にアドバイスをしてくれた。野口さんも、師弟関係に戻らないよう気を遣ってくれたのだろうと思う。

野口さんへのインタビューに関する補足

今回の野口卓さんへのインタビューは、「編集者は小説家になぜ転身したか」がテーマとしてある。どういうキャリアが役立ったのか、という話もしていただいた。
ただ、どうしても紙数が足りない。おかげでいくつかの註釈を削る羽目になった。
そこで、今回は本誌には掲載しなかった註釈をここに掲載して終わろうと思う。

「FM情報誌」

番組表を掲載した雑誌のこと。1980年代ぐらいまでは、どの番組でどんな曲がかかるかは、事前にある程度決まっていたため、そういう雑誌が成立しえた。「Fm Fan」(共同通信社)、「FMレコパル」(小学館)、「FM STATION」(ダイヤモンド社)、「週刊FM」の四誌が有名。1980年代半ばのFMエアチェック文化とともにFM情報誌は隆盛を誇ったが、1980年代末になりレンタルCD店の増加、FMの生放送への移行が進むと一気に衰退。相次いで休刊していった。

ラジオドラマ「展覧会の絵」

野口卓さんは、編集者時代にラジオドラマの脚本を執筆していた時期がある。はじめて放映された作品が「展覧会の絵」で、TBS「ラジオ図書館」で流れている。
「展覧会の絵」の出演は森本レオ、緑魔子 他。初放送は1987年2月22日。脚本は「綿木純一」名義になっている。なお、「ラジオ図書館」では「野田卓」名義で「ミネルヴァの梟」(1988年5月22日初回放送。出演:池田秀一、榊原良子)、「野口卓」名義で「白髪三千丈」(1988年7月10日。出演:羽佐間道夫)が放送されている。

データベース管理ソフト「桐」

管理工学研究所が開発するデータベース管理ソフト。初代は1986年に発表され、2017年に最新ヴァージョンの「桐10s」もリリースされている。「Word」に対して「一太郎」があるように、「Excel」に対して「桐」があると認識してもらえると話は早い。Excelが普及した今、桐を使う方も減ってしまったが、データベースの管理という点では桐に軍配が上がる。ファイルが重たくなると、どうしてもExcelは処理が重たくなるが、桐は安定して動くのだ。また、Excelで言うところの「マクロ」が桐にも「一括処理」としてあるが、桐の方が難易度は低く、使いやすさも上である。検索機能、印刷設定なども桐に軍配が上がる。