決め手はそれぞれ~『平成ストライク』各執筆者のテーマが決まるまで

決め手はそれぞれ~『平成ストライク』各執筆者のテーマが決まるまで

メールを整理していたら、去年の今日(6月17日)に僕は『平成ストライク』の依頼状を筆者に送っていたことがわかった。
いい機会なので、各筆者にどういう依頼をして、どういう経緯でテーマが決まっていったのかを書いてみたい。

青崎有吾「加速してゆく。」

青崎さんに当初依頼しようと思っていたテーマは「SNS」だった。
「早朝始発の殺風景」を「小説すばる」2016年1月号ですでに読んでいた僕は、いろんな意味での“すれ違い”を青崎さんに書いてほしいと思っていた。そこで思いついたテーマがSNSであった。
しかし、青崎さんは、僕が「SNS」というテーマを伝えるよりも前に「福知山線脱線事故」をテーマとして出してきた。すごく意外なテーマではあったが、「早朝始発の殺風景」が頭にあった僕はOKを出した。
青崎さんといえば、〈平成のクイーン〉という異名もあって、端正な本格という印象が強いかもしれない。しかし、「早朝始発の殺風景」を読めばわかるように、青崎さんはすれ違う心理、不安定な関係を繊細に描く作家でもある。
そういった繊細な作品が読めるのではないかと僕は期待し、青崎さんの原稿が上がってくるのを待った次第である。

井上夢人「炎上屋尊徳」

井上さんに依頼した際、ノーパンしゃぶしゃぶで書けないかと打診した記憶がある。もちろん、冗談だが。結局、テーマについては追々決めていきましょうという結論になり、その場はお開きとなった。
井上さんから〈炎上〉をテーマにして書きたいという申し出があったのは、秋の頃。ちょっとした世間話がきっかけで、井上さんは〈炎上〉をテーマとして思いついたのだという。
〈SNS〉をテーマとした作品は今回のアンソロジーに絶対に入れたいと思っていたので、テーマを聞いた瞬間、僕はアステアみたいにステップを踏んでしまった。本当だよ?

千澤のり子「半分オトナ」

千澤さんには、最初から〈児童虐待〉というテーマを依頼していた。平成になって取り沙汰されるようになった、核家族化、ネグレクト、お受験、児童手当、勝ち組・負け組などが入っていれば、とお伝えした。
千澤さんの名誉のために言っておくと、千澤さんは良き母親である。子どもはまっすぐ育っているし、母親としては立派だと思う。だからこそ、〈児童虐待〉というテーマを僕は振ることにした。良き母だからこそ〈児童虐待〉というテーマを不愉快に描くのではないかと思ったからだ。
それと、千澤さんが、子どものピュアさと残酷さを描くのに長けているのも、理由のひとつとしてあった。子ども視点で、読者にとって意地悪な作品を書いてくるに違いない。そう思ったのだ。

遊井かなめ「bye bye blackbird…」

僕が自身に依頼しようと思ったのは、9月になってからである。出揃ったテーマを眺めていて、僕は思ったのだ。僕のアンソロジーなのに、〈渋谷系〉がないのはおかしいなと。だから、自分で書くことにした。
僕は以前ここでも書いたが、10年近く前にローカルの純文学系の新人賞をもらったことがある。そのことを知ってか知らずか、以前から友人のミステリ作家たちから、「小説を書いてみては?」とけしかけられることが何度もあった。そこで、僕は書くことにした。

テーマについて、今さらくどくど書こうとは思わないが、ひとつだけ明かしておきたいことがある。
最近、〈渋谷系〉を語る本や評論が多く書かれているが、その中には「パクリ」についてはっきりと書かないものがある。中には〈渋谷系〉を語る上で、意識的に「パクリ」については外したと表明するものもあった。
僕はこういった視点にはまったく賛同できないでいた。元ネタをどうサンプリングするか。どこからサンプリングするのか。そこに意味はあるのか――そういったことが渋谷系の見せ所だったと思うからだ。
そこで、僕は「bye bye blackbird…」を書くことにした。渋谷系のそういった方法論を小説に転化しようと思ったのである。
「bye bye blackbird…」は全14章から構成される。そして、それぞれの章に僕はある仕掛けを施した。答えから言ってしまうと、僕は14章すべてに、〈渋谷系〉と括られる楽曲たちから1フレーズずつサンプリングして組み込んでいったのである1)たとえば、第1章には「暖かく風が流れ出す」という文章があるが、これは、オリジナル・ラブ「朝日のあたる道」からのサンプリングである。
なので、あの作品は渋谷系讃歌などではない。渋谷系を小説でやろうという試みでしかないのである。

小森健太朗「白黒館の殺人」

小森さんに依頼したのは10月末のこと。某賞の受賞パーティーでのことであった。
いくら、僕が企画したアンソロジーだからといって、〈平成〉をコンセプトとする本に〈オタク〉をテーマとした小説がないのは、偏りすぎだろう――そう思って、僕は小森さんに依頼した。〈渋谷系〉にしてもそうだが、〈オタク〉は語るのに注意を要するものである。文化を語るには繊細な心配りが必要なので、オタクである作家に依頼するしかないと思ったのだ。
ただ、僕の依頼はシンプルなものではなかった。『コミケ殺人事件』の続編、あるいはスピンオフで書けませんかと依頼したのである。
そこで小森さんから提案されたのが、かつて「白と黒の犯罪」として同人誌で発表された作品を改稿するというものであった。
詳しくは解説にも書いたが、歴史的な意義があると思って、僕は小森さんからの提案に乗ることにした。寓話的で平成という時代とは切り離されたような作品ではあるが、裏に潜んでいるテーマがなんとも平成的であったので、僕は採用したのである。

詳しくはここにも書いたが、僕をミステリ界に拾い上げてくれたのは小森さんである。昨年、僕がピンチに陥ったときも助けてくれたのが小森さんであった。そんな小森さんと作品が並ぶということを、僕は嬉しく思う。

白井智之「ラビットボールの切断」

白井さんの小説は危ない。グロいとかではなく、危ない。
だから、白井さんには僕は最初にこう依頼した。「えげつないのをお願いします。テーマはなんでもいいです。えげつないのをお願いします」
翌日、白井さんから、とある監禁事件をテーマとして提出された。どう考えても、最悪な組み合わせ。僕はぞくぞくして、オッケーを出した。
後日、白井さんから「短編におさまらないので、別のテーマにしたい」という申し出を受けた。替わりに提案されたのが、〈新宗教〉であった。というか、性器を切断された屍体が出てくるミステリであった。
これはこれで、最悪な組み合わせである。僕は興奮してこう答えた。
「えげつないのを書いてくれますよね。オッケーですよ」と。

乾くるみ「消費税狂騒曲」

乾さんには当初、「AKBで書くのはNGとします」と伝えた。それはもう読んでいたし、別の何かを読みたかったからだ。一度、冗談で『イニシエーション・ラブ』のスピンオフをとも話したが、結局、テーマは追々決めていきましょうということになった。
乾さんから消費税をテーマにして書きたいと伝えられたのは10月末。某賞の受賞パーティーでのことであった。令和の秋に消費税は10%になる。つまり、平成は消費税が1桁の時代だったということになる。――そんな説明を乾さんから受けた。
消費税をテーマとする小説というのがすぐに想像できなかったので、僕はオッケーを出した。想像できないものならば、面白いに違いないと思ったからだ。
できあがってきたのは、ユーモアもあり、ドタバタもあり、ほっこりもさせる、つまり僕の大好きなものだった。消費税でオッケーを出してよかったなと思った次第である。

貫井徳郎「他人の不幸は密の味」

貫井さんには当初、新宗教(オウム)か某少年犯罪をテーマとした小説を依頼した。断られた。もう書いたから、と。
そこで、貫井さんについても、テーマは追々決めていきましょうということになった。ただ、奇妙な味に属する小説を書きたいというのは、すでに伝えられていた。
貫井さんから提案があったのは、秋のこと。打診されたのは、ネット冤罪をテーマとする短編であった。
ネット冤罪というサイバー攻撃は、平成の時代に猛威を奮った犯罪である。ネットを使って悪評をばらまく。そうやって個人、もしくはネット上の個人アカウントを追い詰めていくというのが、この犯罪だ。
そういう犯罪を、悪意を持たない人間が正義感に操られるまま行ってしまう。そういったことが平成の時代には多々あった。そこの怖さを貫井さんは描いてくれるだろうと思い、僕はゴーサインを出した。
しかし、甘かった。僕の予想を上回るぐらいの禍々しいものが原稿に書かれていた。汚れのない禍々しいもの。僕はぞわっとするしかなかった。

天祢涼「From The New World」

天祢さんには当初、〈新宗教〉〈ドローン〉、そしてとある少年犯罪をテーマとして出した。天祢さんからはすべて断られた。〈新宗教〉と〈ドローン〉はすでに題材にして書いたことがあるから。とある殺人事件については、関係者の証言を読んでしまったので、小説にできそうにないから、というのが答えだった。
ただ、僕のもうひとつの依頼については、天祢さんは承諾してくれた。それは、音宮美夜を登場させること。天祢涼さんの描く美夜をまだまだ読みたかったからだ。
天祢さんから東日本大震災をテーマで書きたいと申し出があったのは、それからちょっと経ってからだった。僕は承諾した。『希望が死んだ夜に』を書いた天祢さんだから、任せようと思った。
今回、東日本大震災をテーマとした小説を入れることは、事前に決めていた。アンソロジーに無いのは「平成」からの逃げであるとも思っていた。ただ、繊細なテーマだけに、信頼できる人に任せようとは決めていた。そして、僕は天祢さんを信頼していた。
天祢さんは震災から一年後の福島を舞台とする小説を書いた。美夜が最後に示すストレートなメッセージは本書を締め括るにふさわしいものだと思う。

註釈   [ + ]

1. たとえば、第1章には「暖かく風が流れ出す」という文章があるが、これは、オリジナル・ラブ「朝日のあたる道」からのサンプリングである。

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