さよなら平成、さよならニッポン~20年目のbye bye blackbird…

さよなら平成、さよならニッポン~20年目のbye bye blackbird…

 20年たった今、俺はそこで甘いコーヒーを飲んでいた。暇なんだよ、今日は。

 そこってのは、渋谷QFRONTに入っているスターバックスだ。
 二階の窓側に席をとって、俺はエスプレッソ・アフォガート・フラペチーノを飲んでいた。スクランブル交差点を人がじゃんじゃん行き交う。みんな、暇なんだろうな。今日は平成最後の日。大晦日みたいなもんだ。しかし、このコーヒー、苦味がもうちょっとあってもいーんじゃねーか?

 俺がそこにいたのは、待ち合わせをしていたからだ。待ち合わせ相手は編集者。最近、平成をテーマにしたミステリ小説の本を出したばかりなんだが、宣伝が足りなくて、そんなに話題になっていないとぼやていた。
 でも、多分、宣伝のせいじゃねーと思う。世の中の頭いー奴とか、評論家とかは平成から令和に変わることに、そんなに興味ねーからだ。セーヂは、そこを見誤っているんだけなんだよ、結局。
「そーか、大晦日じゃん、つまり一年に二回大晦日が来るみてーなもんか、それってすんげー楽しーじゃん!」みたいに思える奴は、多分、小説なんて読まない。
 逆に考えてみればわかるんだよ。セーヂに何度か推理小説を勧められたことがあるんだけど、俺、まったく読めなかったもん。館とか孤島とかに引きこもってるやつは、さっぱり頭に入ってこねーんだな。この先は読まねぇぜ、フェイク野郎、ってやつだ。その点、クロフツはよかった。いろんなところを歩いて、ダベって、タバコ吸って。その描写が退屈しねーんだわ。

 まあ、そんなわけで、今日はセーヂを慰める会を開くことになっていた。年越し蕎麦ならぬ、元号越しそばを食えばいーんじゃね、って思いついたのは昨日。LINEでセーヂに声をかけた。凛か玉笑に行かね?って。そしたら、奥さんも連れて行くよ、とあいつは言った。マジかよ。
…………。
 暇だ。やべー、暇すぎる。
 待ち合わせ時間の30分前に着くんじゃなかった。6階に上がって、セイヂの作った本を目立つ場所に置いてくるか? いや、でも、店員にバレたら、あいつに迷惑かかるしなあ。それとも雑誌コーナーをまた見て回るか? でも、今、席を離れると、席とられちゃうしなあ。
 窓の外を見る。東急百貨店の垂れ幕が目に入る。娘の結婚を祝うみたいな内容。金持ちの道楽だ。今流行りの上級国民が金払って出してもらってるやつに違いない。
 交差点に視線を移す。真ん中あたりで、外国人旅行客がスマホで自撮りしてる。マリカーが信号待ちしている。俺、マリカーは許せねーんだよな。あいつら、最近、ディズニーのコスプレしてるだろ。なめてんのか?
 そこで俺は思いつく。カバンから本を取り出して、カウンターに置く。セーヂにサインでも入れてもらおうと思って、持ってきた平成の本だ。
 本をカウンターに立てる。スマホのカメラアプリを起動させる。窓の外のスクランブル交差点と東急百貨店が背景に収まるように、スマホを構える。一枚撮る。

 セーヂの本には、セーヂが書いた小説が載ってる。20年前の俺らについて書かれている。多少盛られているし、俺に関する描写はだいぶマイルドになっているけどな。
 その話のラストで、俺たちは渋谷QFRONTの前にいる。中に入ることなく、見上げて文句を垂れているんだ。セーヂ夫婦も、俺の奥さんも理屈を垂れるんだ。「青臭い会話に辟易しているのか、原口はじっと目の前の巨大なビルを見上げていた」と書かれている。本当にそうだった。俺はあのとき、すんげー辟易していたんだ。
 俺が今日ここを待ち合わせ場所にしたのは、あいつが御託を並べてこの場所をdisってたからだ。そんなに悪くねーだろ?とあいつに訊きたかったからだ。
 話を戻す。あのとき見上げていたビルの中から、渋谷駅をバックにこの本を撮ろうというのは、なんか哲学的な意味でもあるんじゃねーかと俺は思ったんだ。20年たって、いろいろスポイルしちまったぜ、みたいな? よくわかんねーけど。セーヂにきけば、なんかそれらしい理屈を考えてくれるはずだ。
 スタバのコーヒーもあった方がいいよなと気づいて、写真を撮り直す。スタバって、平成的じゃん。ちょーどいいアイテムだよな。

写真を加工して、インスタに上げる。それらしい台詞を入れておく。タグに本のタイトルも入れておいた。宣伝協力ってやつだ。

20年たった今、俺はここで甘いコーヒーを飲んでいた。暇なんだよ、今日は。 #平成ラスト #平成ストライク

…………。
 暇だ。やべー、暇すぎる。万策つきた俺は音楽を聴くことにした。MICROPHONE PAGERが再生される。でも、うまくいかない。「改正開始」は流れない。「病む街」が流れ出した。

 

「ハラグチ、元気?」
 アンテナ頭がやってきた。まだ、こいつ、アンテナやってるのか。
「お、アクビじゃねーか。旦那はシケた顔してんなー」
 横に突っ立っているセイヂは、ぜーぜー息を吐いている。
「セーちゃん、最近、運動不足でさ。階段を少し歩いただけでぜーぜー言うんだよ? おじさんすぎない?」
 大丈夫。多分、俺もぜーぜー言うと思うぜ。
「明日発売になる雑誌があってさ。出ていないかと思って、六階に上がったんだよ。運動がてらエスカレーターで」
 こいつ、右側を歩いてるのかよ。ここは外国人旅行客も多いから、すんげー迷惑なことをしてるって自覚あんのか?
「何の雑誌だ?」俺はたずねる。
「ギャル雑誌の『egg』。復活号が明日出るんだけどさ、平成本で表紙モデルをやってくれたコが表紙なんだよ」
「ああ。あの目力強いコな。かっこよかったな。ソックス重ね履きもすんげーよかった」

 俺たちは平成最後の日も、寄り道が多い話をしている。渋谷は今日もどこかしらで工事が行われている。秋には渋谷スクランブルスクエアというのがオープンするそうだ。渋谷駅の真上にできて、スクランブル交差点を見下ろす展望台ができるらしい。なんだ、それ? そこで、俺はとびっきりのネタを思い出す。
「なぁ。109のロゴが変わったのって知ってるか?」
 チバトモがにやっと笑う。セーヂがスマホの画面を見せてくる。新しいピンクのロゴ。
「さっき、撮ってきちゃった」夫婦で息ばっちりじゃねーか。

 気まずくなった俺は外を見る。カラスの姿は見えなかった。

※本作は、『平成ストライク』(南雲堂)に収録した「bye bye blackbird…」のスピンオフ作品です。

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