無人島レコード/無人島の1冊

無人島レコード/無人島の1冊

無人島レコードとは

音楽好きの間で昔からポピュラーな話題に「無人島レコード」というものがある。
内容は「あなたが無人島に1枚だけレコードを持っていくとしたら、何を持っていきますか?」というもの。それぞれの音楽観がなんとなくわかった感じにもなって盛り上がれるので、酒の席で重宝する話題である。

さて、ここに、その名もずばり『無人島レコード』という本がある。「レコード・コレクターズ」の増刊として2000年に出たもので、いろんな音楽好きに〈無人島レコード〉を尋ねて、それをまとめたものだ。編者は能地祐子さんと本秀康さんである。

回答しているのは、相倉久人さんや小倉エージさん、北中正和さんといったツワモノ評論家、小西康陽さんや田島貴男さんなどの現役ミュージシャン、といった面々。法月綸太郎さんや山口雅也さんといったミステリ作家、小泉今日子さんや蒼井そらさんや中川翔子さんといった新旧アイドルも参加しており、バラエティ豊かな内容だ。

〈無人島レコード〉の名回答3選

『1』と『2』を通じて、ベスト回答だと私が思ったのが鈴木慶一さんと大滝詠一さん。二人ともトンチが効いているのだ。
鈴木慶一さんが挙げたのは、ユーライア・ヒープ『対自核』。

ジャケットの中央部分に銀紙が貼られていて鏡みたいになっているので、これを使って救助信号を送る――というのが、慶一さんの回答だった。「無人島に独りで暮らすことになりました。あなたはレコードを1枚しか持っていけません。さあ、何を持っていきますか?」――という質問に対して、「とどまる気はない。脱出します」という答えを返す鈴木慶一さんのトンチ。
こういう発想の転換というのは、本格ミステリにおいて「奇想」と呼ばれて高く評価される類のもの。まさに奇想であり、キング・オブ・奇想だと私は思っている。

大滝さんが挙げたのはレコードではなく、『レコードリサーチ』の60年代のカタログ。
いわく、当時のヒットチャートに名前が載っているものは全部頭の中に入っているので、本を適当にパラパラやっているだけで、頭の中で音楽が再生されるから。
最高にクールな回答である。大滝詠一だからこそ言える答えだし、大滝詠一という不世出のポップス・マニアでないと言えない答えである。

ところで、私が今まで聞いた〈無人島レコード〉で一番最高だったのは、大学時代のバンド仲間の回答だ。
彼が挙げたのは、当時流行っていた某日本の男性コーラスグループだった。
理由は「それしか聴けないとわかったら、絶対に絶望して、音楽を聴こうという意欲が無くなるだろうから」。
「無人島に独りで暮らすことになりました。あなたはレコードを1枚しか持っていけません。さあ、何を持っていきますか?」という質問に対して、「どんなレコードを持っていったところで、どうせ飽きちゃうんだろうし、それなら音楽を聴こうと思わなくする方がいい。音楽を嫌いにはなりたくないから」という彼の答えには、音楽への敬虔な愛とでもいうべきものがあると思う。

なお、そんな回答をした彼は今ではカメラマンをやっていて、『平成ストライク』で写真を担当してもらった。昔からセンスがある奴なのだ。

私の〈無人島レコード〉

さて、私が〈無人島レコード〉にどう答えるようにしているかをここに記しておかないとフェアではないだろう。
私は酒の席で〈無人島レコード〉について訊かれると、大体、次の3枚を挙げるようにしている。

まず1枚目はボブ・ディラン『A Tree With Roots』。要は、〈ベースメント・テープス〉セッションのほぼすべての音源が入っているという触れ込みの4枚組のブートだ。アメリカ音楽を総ざらいしているような音源集なので、これ一枚で当分やれそうである。
今なら、音もそこそこ良く、収録曲もより多いブツが正規版で出ているし、こっちに乗り換えるけども。

ただ、この回答については、ボックスだから1枚とは認められないというクレームをいただくことが多い。

次に挙げるのは、ビーチ・ボーイズ『Pet Sounds Sessions』。あの傑作『Pet Sounds』が徐々に出来上がっていく様を楽しめるボックスだ。
これをDisc1から順に聴いていくわけだ。おなじみの曲が0から組み上がっていくのを聴いていくだけで飽きないはずだ。オケ録りをして、ヴォーカル録りをして。それを組み合わせてミックスを模索して。Disc4で一度完成したところで、また最初のDisc1に戻る。再び0に戻り、また組み上がっていく様を眺める。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありだ。

まあ、なんとなく予測はできるとは思うが、これもボックスだから1枚とは認められないとお叱りの言葉をいただくことが多い。難しいものである。

ということで、3枚目の出番である。今回はボックスではない。大滝詠一『ナイアガラ・カレンダー』だ。

全12曲の収録で、それぞれに月が1つ割り当てられている。1曲目「Rock’n’Roll お年玉」、2曲目「Blue Valentine’s Day」、3曲目「お花見メレンゲ」といった具合。1枚のレコードでカレンダーになっています、という仕掛けだ。 季節感も出るし、音楽的にもロックンロール、サーフ、ムード歌謡、セカンド・ライン、音頭とバラエティにも富んでいるから、これなら無人島で楽しくやっていけるはずだ。

この回答は優等生的な回答らしく、ウケがいい。ただ、トンチの効き具合は前の2枚ほどではないため、個人的には不満をおぼえる次第である。

無人島の1冊

さて、世の中にはどうやら、「無人島の1冊」なるものがあるようだ。
私の周囲には読書家がそんなにいないため、はじめて知ったのだが、どうやらあるようだ。

今まで考えたこともなかったので、これを機に考えることにした。どうせなら、ミステリだけで選んでみよう。

まず、鈴木慶一さん路線。
このラインで選ぶなら、深水黎一郎さんの『ウルチモ・トルッコ』だ。

『最後のトリック』と改題された文庫版は30万部越えの特大ヒットとなったが、無人島から脱出できるのは断然『ウルチモ』の方だ。『最後のトリック』では最初のトリックすら打てない。
それに、この判型なら、光に反射させて救助を呼ぶという方法にも適している。大きさ的に問題ないし、四六判ほど重たくもないから、長時間救助信号を出し続けることも可能だ。実に理に適った本である。

次は、今まで紹介してこなかった新路線で1冊紹介しよう。
ジム・トンプスン『ポップ1280』だ。

理由。神になっちゃう本だから。
神になっちゃえば、それでいいわけだ。無人島に独りという状況も、神なら問題なし。オール・オッケーだ。

最後に、友人のカメラマンが大学生時代に提唱した路線で1冊。
それはもう、なんたって、エラリー・クイーン『オランダ靴』だ。

これしか読めないとなったら、私はもう完全に小説に諦めがつく。読まなくていいや、と思える。小説を嫌いにならなくて済む。素晴らしいじゃないか。
確かに、『オランダ靴』は端正な本格かもしれない。精緻な推理が見ものなのかもしれない。でも、問題集の問題と解答をひたすら読まされているような感じで、私はノレないのだ。

さいごに

酒が入っている状態なら、うっかりして次の3冊の中のどれかを挙げるかもしれない。
バラエティ・ブックは飽きないからね。

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