渋谷系年表への私なりの補足~1999年編

渋谷系年表への私なりの補足~1999年編

前回につづいて、今回は1999年を。

この年表にちょっとずつ私なりに補足していこうかなと思う企画その4。

はじめに~注意書き

今回はまずちょっとした説明というか、断り書きをしておきたい。
渋谷系がいつ終わったのか
あるいは誰が殺したのか。

これは今もたまに議論されるところである。前者に関しては97年か98年かというのが主流になっている。後者に関しては宇多田ヒカルや椎名林檎の名前を挙げる人もいる。

では、私はどうか。

私は以前、ここでも書いたが、1998年説を採っている。
そして、殺したのはHCFDMムーヴメント以降に登場したDJたちだと思っている。

私は98年説を採っている。とにかく、これが前提だ。
そんな私の99年観は、「渋谷系はもう終わったんだ」と当時思っていた私の記憶と感性の上に立脚したものである。その点だけ、注意して読んで欲しい。

では、いこう。

1999年の渋谷系

補足する上での注意事項

なお、●は年表にないもの。○は年表にあるが補足する必要を感じたものだ。

●『小さな兵隊』がシネセゾン渋谷でリヴァイヴァル上映(2月)

アンナ・カリーナがヒロインを務めるゴダールの長編第2作『小さな兵隊』がリヴァイヴァル上映された。

パンフレットの制作は、ミニコミ「POPSY ROCK」の発行でも知られるPAT detective。梶野彰一のコラムも掲載された。同月には、アンナ・カリーナが出演したTV映画『アンナ』がVHS、DVDでリリースされた。なお、前年の1998年に『アンナ』のサウンドトラックがリリースされており、セルジュ・ゲンズブールが音楽を担当していたこともあり話題となっていた。

●ALBA SPOONのコーネリアス・モデルが発売(3/19)

三角形のケースに入っている。2000年の1/1だけ流れる音楽が内蔵されている……など、いろいろネタはあるものの、いまだ実物を見たことがないALBA SPOONのコーネリアス・モデル。即完売したそうだが、秋に第2弾が再発されていたはず。

●PLASTICSのトリビュート・アルバムがリリース(4/21)

PLASTICSのトリビュート・アルバム『WELCOME TO PLASTIC WORLD』がリリースされた。

POLYSICSやMOTOCOMPOといった直系にあるミュージシャン以外にも、バッファロー・ドーター、スカパラ、砂原良徳、ピチカート(『ロマンティーク96』での「GOOD」の再録)、FPMらが参加し、メンツ的にも渋谷系によるPLASTICSトリビュート、あるいは再評価といった意味合いもあった。なお、福冨幸宏はライラ・フランスをヴォーカルに迎えての参加し、「TOP SECRET MAN」をカヴァー。

●『STYLE stage 8 MIX BY CAPTAIN FUNK』がリリースされる(4/28)

前年12月にリリースされたキャプテン・ファンクの『Bustin Loose EP』は、年明け後に小西康陽らからの絶賛コメント、さらには「あのノーマン・クックも絶賛!!」といったキャッチーな煽り文句もあって、ホットな1枚になっていた。そんな折にリリースされたキャプテン・ファンクによるMIX-CDが同盤であった。

『Bustin Loose EP』に収録され、本盤でも使用されていた「TWIST&SHOUT」は後にゲーム「鉄拳4」のCM曲にも使われ、また本盤をそのままBGMとして使用していたバラエティ番組として「めちゃめちゃイケてる」があった。

●『ESCAPE Vol.01』がリリースされる(5/26)

エスカレーター・レコーズが主宰するパーティ〈ESCAPE〉での定番曲などを詰め込んだコンピレーションがリリースされた。
同レーベルのコンピとしては、ギターポップ寄りな『NEW ONE』『NEW TWO』が既にあったが、ギターポップ少年・少女向けのクラブ・ミュージックを取り上げたコンピであったこと、さらにいえば〈ESCAPE〉というパーティーのダイジェスト的な内容であったことが新鮮であった。

余談ではあるが、先日USTREAMで配信されている「BIG LOVE TV」を観ていて、『NEW ONE』『NEW TWO』的な雰囲気の番組だなと思ったものである。
仲真史さんのお勧めのレコードが流れて、仲さんがおしゃべりするだけなのだけど、かかってる音楽と仲さんの語り口がとにかく『NEW』的なのであった。

●スペアミント『A Week Away』をリリース(6/19)

ギタポ少年たちにとって、スペアミントのこのアルバムは99年最大の発見だといってよいだろう。また、同盤に収録された「A Trip Into Space」は当時ギタポ少年・少女が通うクラブではよくかかっており、99年のアンセム的な存在だった。

4曲目「A Third Of My Life」には次のような歌詞がある。

Remember lying in bed all day
Listening to “Being With You”
And “High Land, Hard Rain”
I moved the record player over to the bed

これだけで、もう充分であろう。彼らの歌は渋谷系のことを歌っていた。

●宮子和眞氏監修の『ギター・ポップ・ジャンボリー 』シリーズがリリース(6/19)

98年に別冊ミュージック・マガジンという形で刊行された『ギター・ポップ・ジャンボリー CD Best100』1)ディスク・ガイドとしての内容だけならば、シンコー・ミュージックから翌年刊行された「THE DIG PRESENTS DISC GUIDE SERIES Vol.2 Neo Acoustic』の方が断然上で資料性も高いのだが、この書籍は(1)初心者向けである。(2)何より宮子さんの文章が情熱的という点で、ギター・ポップについて研究しようというのならば、やはり抑えておくべき資料である

同ムック本の副読本的なコンピレーション・アルバムが、ソニー、ワーナー、BMG、EMIよりリリースされた『ギター・ポップ・ジャンボリー』シリーズである。基本的な曲だけでなく、レアな曲、99年の時点では入手の難しいものなども収録されており、ひょっとするとだが、このシリーズの登場がもう2年早ければ、リスナーの拡大と教育という役目を担った『ジャンボリー』シリーズのおかげで渋谷系はギター・ポップスとして延命できかもしれない。

なお、同シリーズが当時リリースされたことで、FELTのアルバムなども一気に再発され、何気に99年は日本のギター・ポップス史的に暑かったのである。

●アポロ440『Gettin’ High on Your Own Supply』リリース(9/6)

前年から続くビッグビートの熱狂はまだ続く。同アルバムに収録されているアポロ440「Stop the Rock」、そしてミント・ロワイヤルのアルバム『On the Ropes』に収録された「Diagonal Girl」「From Rusholme with love」は99年の“渋谷系以後”のクラブでの定番曲であった。

◯モーニング娘。7枚目のシングル「LOVEマシーン」発売(9/9)

たまに「渋谷系を終わらせたのは宇多田ヒカルであり、浜崎あゆみである」みたいな文章を目にする。それが正しいかどうかはさておき。かつての渋谷系ファンの乗り換え先のひとつとして当時からよく名前が挙がっていたのが、モー娘。であった。
で、そんな人たちが反応した曲として名前が挙がるのが99年の5/12に発表された「真夏の光線」である。

スタイル・カウンシル「My Ever Changing Moods」を元ネタとしたことに、旧渋谷系ファンは引っかかったのである。a-ha「Take On Me」が元ネタのひとつであるプッチモニ。「ちょこっとLOVE」にHCFDMを見出す向きもあった。
渋谷系→娘。→ハロプロは確かにあった流れなのである。ゆえに、小西康陽が松浦亜弥「ね~え?」の編曲を担当したというのは、必然だったともいえる。

●YMOのリミックス・アルバムが発売される(11/3)

YMOのリミックス・アルバム自体はどうってことないものだが、『YMO-REMIXES TECHNOPOLIS 2000-01』をここで取り上げるのは、小西康陽やFPMが参加していたから。

YMOという存在は渋谷系の中ではあまり語られてこなかったが(記憶にあるだけでも、小西さんがコラムで書いてたぐらい?)、それだけに小西&田中の参加には驚かされた。
なお、砂原良徳による「SEOUL MUSIC」のリミックスはさすがの一言につきる。

●田島貴男、『PIZZICATO FIVE』に参加(11/16)

前年、『カップルズ2』ともいえる『プレイボーイ・プレイガール』を発表し、ある意味でアガリのような状態にあったピチカート。彼らが99年に出したアルバムはタイトルもズバリ『PIZZICATO FIVE』。終了するのではないかという予感はあった。

そんな時に伝えられたあるニュース。田島貴男が「グッパイ・ベイビイ&エイメン」「 Loudland!」に参加し、野宮真貴とデュエットするという話。このアルバムでラストなんだなと、当時強く思ったものである。

なお、田島と小西康陽の再接近は99年に入って、それまでに何度か観測されていたことであった。。
まず4月にリリースされたオリジナル・ラブ『XL』に、小西は「羽毛とピストル」の「readymade bellissima’99mix」で参加(ベリッシマ!)。そして、7月に発売されたオリジナル・ラブ「冒険王」にはカップリング曲として小西康晴によるリミックス「水の音楽/Hum a Tune(the readymade JBL mix by KONISHI yasuharu)」が収録されている。

●渋谷QFRONTがオープン(12/17)

12/25に六本木WAVEが無くなった。歴史的な意味を考えるならば、そこで対比されるべきは、約一週間前の渋谷QFRONTのオープンだと思う。 私の場合、渋谷系が終わったと個人的に強く印象づけられたのが、QFRONTのオープンであった。

ご存知のように、同ビルの1階から6階までにはSHIBUYA TSUTAYAが入っている。渋谷の文化的な入り口にHMVでもタワーレコードでもなく、TSUTAYAがあるということ。この事実に渋谷系の終焉を私は見た。

90年代。CDが一番売れていた時代。ごくごく普通の中高生はTSUTAYAでCDをレンタルして、カラオケで歌った。それでよしとしなかった人たちが、普通じゃないと思わないとやっていられない人たちが、つまり渋谷系に直撃された人たちはレコード屋へ足を運んだ。
普通でいることの象徴のようなTSUATAYAが、渋谷に一番大きなTSUTAYAを出した。そして、六本木WAVEはなくなった。99年の暮れ。渋谷系は本当に終わった。

そして、僕は3年後に追記することになった

あれから3年後。平成最後の4月に僕は本を出すことになった。『平成ストライク』という本だ。

僕は同書に、小説を寄稿することにした。
経緯はこうだ。
オファーした作家たちから、こういうテーマで書きたいという連絡が続々と入っていく中、僕は渋谷系がテーマとして挙がってこないことに寂しさを覚えた。9月のことである。僕にとって、平成という時代で一番強く意識してしまうのは、やはり渋谷系である。誰も書かないなら、俺が書くしかない。というか、ミステリ業界で書けるのは俺しかないないんじゃね?――そう思ったから、僕は小説を書くことにした。
そこで僕が題材として選んだのは、1999年12月25日、六本木WAVE閉店の日であった。
登場人物たちはスペアミントの「A Trip Into The Space」を聴き、ラパレイユ・フォトbisから出ているレコードを買う。そんな話だ。

さて、「渋谷系を殺したのは誰か?」という問題について、僕は以前「1998年説」を唱えていた。しかし、今は僕はその説は採らない。
終わっているとすれば1994~5年。そこで終わっていないとすれば、今もまだ終わっていないのではなかろうか。精神的拠点のひとつだった六本木WAVE、渋谷HMV、青山ブックセンターは続々閉店しているが、渋谷系はまだ生きているんじゃね? それこそSNSとかに、わんさかいるじゃん……というのが、今の僕の考えだ。
そういう僕の今の渋谷系観も盛り込んだハードボイルド小説「bye bye blackbird…」だが、渋谷系に括られがちな音楽を熱心に聴いたリスナーなら、多分、僕が作中に仕掛けたあることに気づくのではないだろうか。それこそ、「君がわかってくれたらいいのに、いつか」というやつである。楽しんでいただけたら、そして僕の企みを見抜いていただければ幸いだ。よろしくお願いいたします。

註釈   [ + ]

1. ディスク・ガイドとしての内容だけならば、シンコー・ミュージックから翌年刊行された「THE DIG PRESENTS DISC GUIDE SERIES Vol.2 Neo Acoustic』の方が断然上で資料性も高いのだが、この書籍は(1)初心者向けである。(2)何より宮子さんの文章が情熱的という点で、ギター・ポップについて研究しようというのならば、やはり抑えておくべき資料である

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