サイバーミステリを識るための30冊 2016年版~サイバーミステリ宣言! ver1.1

サイバーミステリを識るための30冊 2016年版~サイバーミステリ宣言! ver1.1

利用可能なアップデートがあります

昨年KADOKAWAより刊行した『サイバーミステリ宣言!』では私と千澤のり子さんとで「サイバーミステリを感じるための30冊」を選んで紹介した。

2015年時点では、サイバーミステリは、そもそもそもがジャンルとしてはほとんど認知されてはいなかった。ゆえに、どういう作品がサイバーミステリに入るかを共有し、同時に変遷と時代との対応を見せることが必要だと考えた。『サイバーミステリ宣言!』にブックガイドをつけたのはそういう理由があったからだ。

ただ、ブックガイドに掲載する作品を選定した時点、すなわち2015年1月の時点では、インターネット史やサイバーセキュリティ史との対応まで考慮しようとすると、サイバーミステリを30冊選ぶこと自体が至難の業だった。
このジャンルの代表的な書き手である一田和樹・七瀬晶・福田和代の作品が多く入ったのはそういう理由があったからだ。作品がそもそも少なかったのだ。

ただ、刊行の前後あたりから、サイバーミステリが以前よりも多く世に出ることとなり1)小説だけではなく、アニメや漫画にもその流れはあった。アニメ「乱歩奇譚」はSNS時代だからこそ跋扈する怪人を描いていたし、「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」はアカウント殺しを扱っていた。さらにいえば、今年7~9月に放映されたドラマ「そして、誰もいなくなった」は電網殺人や“忘れられる権利”、サイバー空間におけるデータ同定問題といったテーマにも取り組んでいた、今ならば当初の企図――すなわちサイバーミステリとインターネット史やサイバーセキュリティ史との対応をよりすっきりと見渡せるようなラインナップを組むことができるのではないかと考える次第である。
以下に最新版の「サイバーミステリを感じるための30冊」、いやここはタイトルを変えて「サイバーミステリを識るための30冊」を記載する。
なお、私の考えるサイバーミステリの定義に基づいたセレクションとなっているため、インターネット空間を舞台とした“異世界ミステリ”のようなものは30冊からは外している。
また、本来ならば『闇ウェブ』(セキュリティ集団スプラウト/文春新書/2016年)も現代のサイバーセキュリティ事情を考える上で必読の1冊であるとは思うのだが、エンタメ作品とはいいがたいため外した。

サイバーミステリを識るための30冊 2016年版

  • 『幻影のペルセポネ』(黒田研二/文藝春秋/04年9月)
  • 『新装版 クラッシュ』(楡周平/宝島社文庫/05年7月)
  • 『チャット隠れ鬼』(山口雅也/光文社文庫/08年7月)
  •  『プロメテウス・トラップ』(福田和代/早川書房/10年2月)
  • 『檻の中の少女』(一田和樹/原書房/2011年4月)
  • 『SE神谷翔のサイバー事件簿』(七瀬晶/幻冬舎文庫/12年6月)
  • 『公開処刑人 森のくまさん』(堀内公太郎/宝島社文庫/12年8月)
  • 『サイバーコマンドー』(福田和代/祥伝社/13年8月)
  • 『SE神谷翔のサイバー事件簿2』(七瀬晶/幻冬舎文庫/13年10月)
  • 『絶望トレジャー』(一田和樹/原書房/14年1月)
  • 『密室の神話』(柄刀一/文藝春秋/14年10月)
  • 『天才ハッカー安倍響子と五分間の相棒』(一田和樹/集英社文庫/15年1月)
  • 『アンダーグラウンド・マーケット』(藤井太洋/朝日新聞社文庫/15年3月)
  • 『ビッグデータ・コネクト』(藤井太洋/文春文庫/15年4月)
  • 『クラウド・トラップ SE神谷翔のサイバー事件簿3』(七瀬晶/幻冬舎/15年5月)
  • 『キングレオの冒険』より「赤影連盟」(円居挽/文藝春秋/15年6月)
  • 『倒叙の四季 破られたトリック』(深水黎一郎/講談社ノベルス/16年4月)
  • 『原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー』
    (一田和樹/原書房/16年7月)
  • 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』
    (柳井政和/文藝春秋/16年8月)
  • 『カッコウはコンピュータに卵を産む(上下)
    (クリフォード・ストール/草思社/1991年9月)
  • 『青い虚空』(ジェフリー・ディーヴァー/文春文庫/02年11月)
  • 『アイスマン』(ケビン・ポールセン/祥伝社/12年2月)
  • 『BLOODY MONDAY(全11巻)』
    (※漫画/原作:龍門諒・漫画:恵広史/講談社コミックス/07年8月一巻発行)
  • 『予告犯(全3巻)』(※漫画/筒井哲也/集英社/12年4月一巻発行)
  • 『王様達のヴァイキング』
    (※漫画/ストーリー協力:深見真・漫画:さだやす/ビッグコミック/13年6月一巻発行)
  • 『ザ・インターネット』(※映画/ハピネット/15年夏再発)
  • 『スニーカーズ』(※映画/NBCユニバーサル/13年6月発売)
  • 「カウボーイ・ビバップ」第5・14・23話
    (※アニメ/バンダイビジュアル/98年4月-99年4月)
  • 「乱歩奇譚 Game of Laplace」(※アニメ/アニプレックス/15年7~9月)
  • 『Lifeline:クライシス・ライン』(※ゲームアプリ/3 Minute Games/16年8月)

この内、太字のものは、『サイバーミステリ宣言!』では選んでいなかったものだ。
簡単な解説を以下に記載する。

『密室の神話』(柄刀一/文藝春秋/14年10月)

巨大掲示板やまとめサイトなどで事件が拡散し物語として消費されていく中で、探偵役が氾濫する様を描いたミステリ。
事件が起こった際に、感想や考察、中傷や批判など、様々なツッコミが入ることは、ブロードバンド普及以前から、それこそ大昔から起こっていたわけだが(井戸端会議がまさにそう)、以前ならば、何か事件が起こって、それに対するツッコミがなされたとしても、それは村での噂話レベルでしかなかった。だが、今は誰もが物語にアクセスできるようになったために、それこそ世界中の誰もがツッコミを入れられるようになった。ツッコミは文字データとしてどんどん拾い起こされていき、そもそもの資料、つまりまとめブログのようなものにも組み込まれていく。ある村での井戸端会議的なものが、データとして世の中で共有されてしまう時代になったのだ。この点もブロードバンドが普及したことによって従来のミステリからアップデートされた点なのかもしれない。ただし、手がかりにノイズが増えるということなので、前向きなアップデートではないわけだが。

『アンダーグラウンド・マーケット』(藤井太洋/朝日新聞社文庫/15年3月)

仮想電子通貨の“N円”が流通する2018年の東京、移民と難民に溢れかえる架空の東京を舞台としたSFミステリ。現代において自嘲の意味も込めて“IT土方”と称する人たち、ITエンジニアやWEBデザイナーが事件に巻き込まれていく。
『サイバーミステリ宣言!』では仮想電子通過を用いた作品こそ紹介できたが、サイバー時代における経済を扱ったミステリを紹介することができなかった。しかし、本書は仮想電子通貨がある程度流通した世界を描けており、本書を通してサイバーミステリのインターネット史への対応を識ることも可能であろう。

『クラウド・トラップ SE神谷翔のサイバー事件簿3』(七瀬晶/幻冬舎/15年5月)

マイナンバーが施行され、国民のすべての情報がクラウド上に保管された未来の日本を想定したSFミステリ。〈SE神谷翔のサイバー事件簿〉シリーズにしては珍しく、話のスケールが大きい。同シリーズはサイバーミステリにおける日常の謎ものとでもいうべき物語構成が魅力だっただけに、シリーズのファンは多少面食らうかもしれない。
データセンタでの密室トリックはうまく効まっており、従来のミステリ・ファンであれば楽しめるはず。
2015年年頭時点での最新の時事ネタがふんだんに盛り込まれており、2015年においてのサイバーミステリをもっとも象徴する1冊、史料的価値のある1冊である。

『キングレオの冒険』より「赤影連盟」(円居挽/文藝春秋/15年6月)

円居挽による、ホームズ譚パスティーシュ。
最初に収録されている「赤影連盟」がサイバーミステリ時代の「赤毛連盟」といった趣きもあり、にやりとさせられる。いくつかある謎の中に「天親獅子丸はなぜHPに奇妙な広告を出して助手を募集しようとしたのか?」 という謎がある。この謎を巡るミステリがまさにサイバーミステリ的な「赤毛連盟」なのだ。テクニカルなことに依らなくても魅力的な謎を持ったサイバーミステリは成立するということを示す傑作短編。

『倒叙の四季 破られたトリック』(深水黎一郎/講談社ノベルス/16年4月)

本作のサイバーミステリとしての肝は、サイバーミステリ時代の操りテーマを隠し味としてうまく作品に盛り込んで、オチの味付けとして効果的に用いている点だ。
サイバーミステリ的な道具立てを隠し味として使った好例。

『原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー』(一田和樹/原書房/16年7月)

サイバー軍需企業や、サイバー兵器といったものを正面から取り上げたミステリ。
『サイバーミステリ宣言!』刊行時点では、ここまで正面から取り組んだ作品もなく、ブックガイドでそういったテーマを扱った作品を紹介できないことに対して悔しい思いもあった。だが、一田が書いてくれた。これこそが、今読まれるべきサイバーミステリだと確信している。
なお、本作については、以前拙ブログでも取り上げた。サイバーミステリとしての魅力についても書いているので、そちらを参照されたし。

『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』(柳井政和/文藝春秋/16年8月)

プログラマーの思考のプロセスを推理の材料に組み込んだ意欲的なミステリ。
たとえば、七瀬晶は、誰もが手に取れる読み物であることを企図して、そういった思考のプロセスは極力書かない方向で執筆したのではないかと思われるが、この作品はその方向に大きく舵を切っており、その違いが面白い。多分、あと2年早かったら、この作品はこのような形では世に出ていなかったはずだ。編集者の修正が入る可能性は低くない。
なお、このミステリの巧みさについては、いずれ刊行される予定のとある書籍に書きましたので、そちらをお待ちくださいませ。

「カウボーイ・ビバップ」第5・14・23話(※アニメ/バンダイビジュアル/98年4月-99年4月)

エド初登場となる第5話には、90年代における一般的なハッカーのイメージが刻印されており、史料性が高い。
14話・23話については、『サイバーミステリ宣言!』の「サイバーミステリはどのような悩みを抱えるようになったのか?」でも書いたが、サイバーミステリ時代の操りテーマを語る上でわかりやすいテキストとなりえるものであり、必見。
日本のアニメ史における最高傑作ですので、日本のアニメに興味がない人でもこれだけは観ておいて損はないと思います。

「乱歩奇譚 Game of Laplace」(※アニメ/アニプレックス/15年7~9月)

この作品については、私も関わりました「乱歩奇譚 Game of Laplace オフィシャルファンブック」をお読みいただければと思います。

サイバーミステリとしての魅力については、同書にも収録されている「怪人二十面相、サイバーミステリ時代に復権す」をご参照くださいませ。

『Lifeline:クライシス・ライン』(※ゲームアプリ/3 Minute Games/16年8月)

こちらからダウンロードできます

海外で制作されたスマホ・アプリ。
プレーヤーはゲームを開始すると、誰かの相談に乗ってあげるというアプリ「ヘルプテキスト」に登録するよう求められる。2)ゲーム上の疑似アプリ。LINEやWhatsApp Messengerにデザインは近い
すると、アレックスというキャラクターから「自分は人を殺した。だけど、本当に自分が殺したかどうかはわからない」という相談を受けることになる。
テキサスで起きた事件を独自に捜査することになるアレックスとプレーヤー。聞き込みもアプリを使っておこなう。アレックスはたまにアプリを使ってプレーヤーに行動の指針を尋ねてくる。また、調べ物をしてくれるようアレックスに頼まれるのだが、これが実際のテキサスに関するものだったりして、ゲームアプリとは別に、WEBブラウザを立ち上げる必要が生じることもある。そうやって、真相を明らかにすることを目的とするミステリだ。
助言次第ではアレックスが殺害されるエンディングを迎えたり、アレックスとの信頼関係が築けなくなって拒絶されてゲームが終了するなど、そのアイデア自体は従来のゲームブックと変わらないが、トークアプリが非常に重要な位置づけにあり、スマホのアプリという形式を効果的に利用している点でサイバーミステリ時代ならではの優れたエンタメ作品だといえる。
サイバーミステリ、いや日本におけるミステリーの可能性がここにはあると、私は思う。

さいごに

サイバーミステリは技術の更新とともにアップデートされていくジャンルである。
つまり、ここまで書いて気づいたが、これ毎年30冊選び直す必要があるんじゃないか? うへぇ。

註釈   [ + ]

1. 小説だけではなく、アニメや漫画にもその流れはあった。アニメ「乱歩奇譚」はSNS時代だからこそ跋扈する怪人を描いていたし、「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」はアカウント殺しを扱っていた。さらにいえば、今年7~9月に放映されたドラマ「そして、誰もいなくなった」は電網殺人や“忘れられる権利”、サイバー空間におけるデータ同定問題といったテーマにも取り組んでいた
2. ゲーム上の疑似アプリ。LINEやWhatsApp Messengerにデザインは近い

Columnカテゴリの最新記事