徹頭徹尾おせっかい~2021年7月20日あたりの話

徹頭徹尾おせっかい~2021年7月20日あたりの話

まったくなんの脈絡もなしに。そう、なんの因果関係もなく。浮かんできたメロディがそれだったから、「ベルボトム・ブルース」を口笛で吹きつつ、俺は玄関のドアを開けた。
帰宅。部屋全体の空気がどんよりしている。少々アルコールの匂いがする。柑橘系の香りもほんのりと。
リビングに足を踏み入れる。リカがひとりでできあがっている。パンクIPAの缶を傾けている。ご機嫌という様子ではない。後ろ姿がもう泣いている。
旦那の帰宅を気にすることもなく、リカはiPadの画面を見ている。彼女のTシャツにプリントされた猫娘は思いっきり俺を威嚇している。俺は怯えつつも、リカの背後から、申し訳ないとは思いつつも、端末をのぞき込んだ。
画面の向こうにはセイヂとチバトモ。なんとなく合点がいく。三人は小山田圭吾についてZoomで話している。彼女たちが十代だった頃のヒーローについて語り合っている。
俺はリカの隣に座る。冷蔵庫から持ってきたパンクIPAの缶を開ける。リカたちの話を盗み聞きする。聴いていないフリをしつつ、耳を傾ける。リカはそんな様子に気づいてる。こっちを向くと、唇を尖らせて、変な顔をする。

2021年7月20日。小山田圭吾はホットな話題だった。文字通り炎上していた。
まとめブログの記事をもとに、どいつもこいつもツイッターで正論を吐いている様が滑稽だった。渋谷系に興味がないストーンズ・ファンの俺にとっても、それは異常で暴力的で、とにかくダサかった。悪趣味だった。

いじめに加担したこと。
話をかなり盛ってるとはいえ、いじめについて露悪的に語ったこと。
反省しているという意見を表明しなかったこと。
過去について言及することなく、五輪仕事を引き受けたこと。

この四点に関しては小山田に否がある。否というより、ミスだな。それは明らかだ。
だが、正論吐いてる風の奴らは、小山田の作っている音楽を否定した。中には、ファンを否定する者もいた。

「私の人生そのものを否定されたような気分」
「世界中から、自分の好きなものは価値がないよって言われている気分」
「僕たちも暴力に加担しているのかなって、落ち着かなかった」
「ヒトラーを支持した人たちと同じだという作家もいて、怖くなった」
「あれから、毎日眠れない。お酒の量だけ増えてる」

iPadからはそんな会話が聞こえてくる。
横で聴いているだけで、俺までまいってくる。つらいのがうつりそうだ。

俺はスマホでツイッターを開く。TLを眺める。騒々しい。
「小山田はサイコだ」
「小山田は人間じゃない。鬼畜だ」
「まじに吐きそうだ」
「鬼畜小山田はいついかなる時、反撃を喰らっても甘受する義務がある」

おーこわ。特に最後のは、こいつの方が十分悪趣味系だ。俺から見ればな。

俺はインスタグラムを開いた。
橋本梨菜に、今井夏帆に「いいね」をつけて、俺は平和に時間を潰した。
インスタグラムって、最高だね。

「とりあえずさ、暗闇から手をのばせ! 外は戦場だよ!」
強がるリカの声とともに会はお開きとなった。
iPadを片付けるリカに俺は声をかける。頭を撫でるタイミングではないことはわかったから、そこは端折った。
「世界中は否定するかもしれないけど、その世界ってのは大体センスねーんだよ」
「リカの好きはそのまま通っすっきゃないな」
そこで俺はとっておきの笑顔でこう提案する。隠し球を見せる。
「ところでさ、今日の東スポ。一面が小山田圭吾だったんだけど、見る?」

リカは一面を見て、はしゃいでいる。
「ウケる! 小山田くんが東スポの一面とか。サイコー」
「これ、『地球あやうし』の告知といっても、わたしは信じるね」
ご機嫌だ。背中も笑っている。

「でさ、リカに聞きたいんだけど、今日一番落ち込んでたのは誰?」


ピンボール台みたいに派手な壁の建物が見えてくる。747超高速立体駐車場。赤いスバルのアルシオーネはそこに停めてある。
後ろからついてくるスパイラルパーマは、魂が入っていない。縞の太い赤白ボーダーのシャツを着て、ふらふらとついてくる。落ち込んでいるアピールが過剰だ。
こっちは急いでいるのに、隙あらばスマホを見ようとする。なんで、ツイッターに疲れている奴に限って、スマホの画面を眺めちゃうかね。

一番落ち込んでいたのは、リカの元カレの(といっても二十年も前の元カレだが)、セイヂだった。
俺はセイヂを連れてドライヴすることにした。まあ、こいつのことは嫌いじゃないしな。
セイヂは俺の車を見て、バカにしたような顔をする。マスク越しでもはっきりわかる。
確かに、俺のアルシオーネはいつだってバカっぽい。IQ低めだ。
じゃあ、ドアを開けてやろうか。どうせ、次はステアリングを見て、笑いを堪えるんだろ?
案の定、小馬鹿にしたような態度。ほら、そういうところが渋谷系嫌いにつけこまれるんだよ。違うか。
でも、まあ、これも定番の流れだ。リカは今でも、アルシオーネをバカにする。
「ピストルみたいですよね、いつ見ても」
ステアリングを支える二本のスポークは左右非対称。六時十五分を指している。一説によると、スバル富士重工だからFを象っているという話だ。でも、俺はピストルと言われた方が嬉しい。
デジタルメーターは隠す。このくだりはさすがにもう飽きた。道路を走る車の絵が表示されるメーターは、こすられすぎてネタとしてもう色あせている。

「セイヂくんさ。なんか聴きたいものある?」
セイヂは黙る。考える。時間が過ぎる。あのさ、こういうの気まずいから早く決めてくれないかな。
「フリートウッド・マックってあります? 聴いたことなくて」
おい、待て。聴いたことないって冗談だろ。
一瞬、ブルース・ロックしてる頃のマックをかけようかと思ったが、さすがに暑苦しいし、何より男同士でブルースを聴くなんてぞっとする。ここは『噂』をかけておくのが無難だろう。
「とりあえず、一番有名な奴でいいよな」
俺は覚悟を決めて、再生ボタンを押す。

途端に周囲の景色がセピア加工されていく。強世間のスピードがまだゆっくりだった頃の都市へと変わる。SNSもなく、今ほど残酷ではなかった時代のストリートだ。リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの声の絡みがいい。最高のフィルター機能だ。まあ、奥さんの元カレとのドライヴに、最適な歌詞ではないけどな。
アルシオーネのエンジンがかかる。国産で唯一の水平対向6気筒。排気量2672CC。圧縮比は9・5、パワーとトルクは150ps/21・5kgm。なめらかに回るエンジンには気難しさなどない。素直に回る。発売から三十年以上たった今でも。
三六〇度ガラス張り。アルシオーネは、チンピラ飛行士二人を乗せてテイクオフ。「セカンド・ハンド・ニュース」に導かれて走り出す。
ここは靖国通り。ビデオボックスを案内しようとするサンドイッチマン、そしてネオンライトが後方、夕空にかっとんでいく。

六本木WAVEの跡地にある、あのビルにでも連れて行こう。
俺はそう思っていた。最高なネタなら用意してあった。
「ところでさ、昨日の東スポ、見た?」
途端にセイヂは目を輝かす。知ってるよ。お前らは結局、こういう大げさにネタになるものが好きなんだ。悪趣味なんかじゃない。バカバカしいものが好きなんだよな。
「これ、ウケますよね。『地球あやうし』のジャケットみたい」
二十年たっても、元カレは元カレといったところか。
若干ムカつく。

俺は曲を変える。
別の曲がかかる。
ウィンドベルの音。そして澄んだアコースティック・ギター。
文字を追うセイヂの目が止まる。というか、読んでると酔うぞ。
「Sensuous」がかかり始める。
「ほら、リカの趣味だから」俺はやり返す。
「まあ、俺もこのアルバムは好きなんだけどね。『Like A Rolling Stone』が終わって『Music』が流れ出す瞬間に、すべて赦された気になってさ」
喋りすぎたなと後悔する。
今回のおせっかい、すべてを後悔しようと、そのとき俺は決めたのだった。

※本作は、『平成ストライク』(KADOKAWA)に収録した、渋谷系をテーマとする小説「bye bye blackbird…」のスピンオフ作品です。