「駄目な僕」ならぬ「駄目な“俺”」のシンフォニー~ニコ・ウォーカー『チェリー』を読んで

「駄目な僕」ならぬ「駄目な“俺”」のシンフォニー~ニコ・ウォーカー『チェリー』を読んで

マイ・ケミカル・ロマンスはちょっとね

最近読んで、一番やばいと思った文章がこれだった。

二人はマイ・ケミカル・ロマンスをしょっちゅう聞き、ロックハード伍長の女房がどれだけヤリマンかって話をし、ネズミをつかまえてそのスナッフ・フィルムを撮影するプランについて語り合った。

一読しただけでわかるだろう。おそらく「二人はマイ・ケミカル・ロマンスをしょっちゅう聞き」の部分だけ読んで、わかるはずだ。――ここで挙げられた「二人」は念のいったキモ男だということが。

一発でそいつのキャラクターが理解できる特徴の挙げ方というのがある。蝶の標本を集めていて、部屋に置いてある木馬に揺られている奴なんていたら、そいつはまず間違いなくマザコンだ、という具合に1)自分で言うのもなんだが、このネタは古い。「ずっとあなたが好きだった」は1992年放映。28年も前のドラマである。
偏見も多少入っているものの、話術で〈あるあるネタ〉に昇華させるという点では、ミルクボーイの漫才に通じるものもあるが(笑)、「マイ・ケミカル・ロマンスをしょっちゅう聞く」という特徴のピックアップにうまさを感じた。リアリティの有無というよりは、着眼点の絶妙さにシビれたのだ。

冒頭に挙げた文章が登場するのはニコ・ウォーカー『チェリー』(文藝春秋)という小説だ。トム・ホランド主演、ルッソ兄弟監督で映画化も決定している本作だが、作者は現在服役中の元強盗犯である。彼の実体験を元にして書かれた小説が『チェリー』だ。

駄目な“俺”/駄目になっていく“俺”

あらすじはこうだ。

平凡な大学生である“俺”は、2005年にイラク戦争に従軍する。帰国後、ヒーローとして迎えられるが、妻のエミリーとは離婚。やがて、戦地で目にした凄惨な体験によるPTSDから、“俺”はヘロイン中毒になってしまう。その後、エミリーと再会。しかし、彼女もまたヤク中になっていたのだった――。

“俺”は状況に流されてしまうタイプの青年だ。そんな彼が、生や死と戯れながらもまともに向き合ってしまうのが本作だ。イラク戦争から帰ってきた男がPTSDを患い、ヘロイン中毒になり、やがては銀行強盗に走るまでが生々しく描かれる。
本書では、多くのページを割いて、戦場で人が傷つき死んでいく描写が描かれるのだが、語り口が飄々としているだけに、“俺”がゆっくり駄目になっていくのがはっきりとわかる。読み進めるのが怖くなるぐらいに、わかる。同様に、本書は後半から、ヘロイン中毒が進行して駄目になっていく“俺”について、淡々と描かれる。次々と、因果関係もそれほどなく、駄目になっていく“俺”のエピソードが語られる。周囲にいる人間も、既に駄目になっている奴か今まさに駄目になっていく奴ばかり。駄目になっていく“俺”の様に、僕は心を抉られてしまった。
端的に言えば、「なんてこった」「やりきれないな」「ふざけてるな」の3つがごちゃまぜになりながら、猛スピードで前のめりに進んでいくような作品が『チェリー』である。一級品の犯罪小説であり、最高の青春小説。そして、駄目な“俺”のシンフォニーだ。

計算なしの鋭さこそが『チェリー』の魅力

本作の魅力は冒頭でも触れたが、その文章だ。どぎついエピソードの数々に見える人間の滑稽さ。地獄のような日々にふと現れる美しい瞬間――それらが最高に音楽的でポップな文体で描かれる。
たとえば、『チェリー』の冒頭、プロローグはこんな文章で始まる。

Emily’s gone to take a shower. The room’s half-dark and I’m getting dressed, looking for a shirt with no blood on it, not having any luck. The pants are fucked too—cigarette burns in the crotches. All heroin chic, like I were famous already.

エミリーはシャワーを浴びていて、俺はうす暗い部屋で着替え中。血で汚れていないシャツを探すがあいにく見つからない。ズボンも悲惨で、股がタバコのこげ痕だらけだ。まさにヘロイン・シックとでも呼びたいファッション――って俺はヤク中のセレブ・ロックスターかよ。

一方で、プロローグにはこんな文章もある。

I love her so much it feels like dying every time she dose that. She’s a beauty and I tell her so all the time. I think she’d do anything for me.

俺はエミリーが大好きで、彼女が閉じこもるたびに死にたい気分になる。エミリーは美人だ。俺はいつも彼女にそう言う。俺は彼女は俺のためならなんでもしてくれると思っている。

エミリーと喧嘩した後の“俺”の心境について書かれた一節なのだが、この文章を読むだけで、“俺”とエミリーは一緒にいるべきではないとわかってしまう。書かれているのは簡単な言葉だが、それはわかってしまう。こういう鋭い文章が、いきなり挿し込まれる。おそらく計算なしに、放り込んでいる。だから、心を揺さぶられてしまうのだ。

彼らの言葉で描かれる彼らのリアル

冒頭で引用した文章に戻るが、本書にはアメリカのポップ・カルチャーが色々盛り込まれている。

ロイの慰問小包はけっこう豪華だった。中身は特製チョコレート・クッキーのほか、ジョニー・キャッシュのポスター、(中略)おまけとして、十ミリグラムのパークが少し混ざったアドヴィル一瓶だ。

ここでジョニー・キャッシュが出てくるというのが、とにかくリアルだ。
ジョニー・キャッシュがリック・ルービンのプロデュースによるアルバム『American IV』を発表したのが2002年。同作からのシングル・カットである「Hurt」のMVが話題となったのが2003年。同年亡くなったジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』2)ジョニー・キャッシュ役を演じたのはホアキン・フェニックスであるが公開されたのは2005年のことだ。

つまり、当時はジョニー・キャッシュは若者のアイコンたりえたのである。
こういう彼らのリアル――戦場のリアルやヤク中どものリアル――が彼ら独自の言葉で描かれていること。そういった点も本作の魅力のひとつである。

註釈   [ + ]

1. 自分で言うのもなんだが、このネタは古い。「ずっとあなたが好きだった」は1992年放映。28年も前のドラマである。
2. ジョニー・キャッシュ役を演じたのはホアキン・フェニックスである

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