【ネタバレ有】白井智之『そして誰も死ななかった』は本格ミステリ史上最も上品な本格である

【ネタバレ有】白井智之『そして誰も死ななかった』は本格ミステリ史上最も上品な本格である

『平成ストライク』の感想をいろいろと見ていく中で、僕には腑に落ちないものがあった。それは、白井智之さんの「ラビットボールの切断」がグロかったというものだ。どこがグロいのか、僕には皆目見当がつかなかった。

つい先日、ある編集者と「ラビットボールの切断」に関して話す機会があった。僕が「グロくなかったですよね?」と聞くと、彼はこう言った。「遊井さん、白井さんに関して麻痺しているのでは……」

思い当たる節はある。確かに僕は白井さんに麻痺している。バケツいっぱいのフナムシを一気食いする描写があっても(「ちびまんとジャンボ」/『小説宝石』2018年12月号掲載)、「Gじゃないのか」と思うぐらいだから、白井さんに麻痺しているに決まっている。

そんな僕にとって、白井さんが昨年発表した『そして誰も死ななかった』(KADOKAWA)は、もちろんグロくなかった。どころか、本格ミステリとして非常に上品な作品だと思ったぐらい。そう、本作は由緒正しい本格ミステリ、端正な本格ミステリなのである。

本書のストーリーはこうだ。

覆面作家・天城菖蒲(あまき・あやめ)から、絶海の孤島に建つ天城館に招待された五人の推理作家。しかし館に招待主の姿はなく、食堂には不気味な泥人形が並べられていた。それは十年前に大量死したミクロネシアの先住民族・奔拇族が儀式に用いた「ザビ人形」だった。不穏な空気が漂う中、五人全員がある一人の女性と関わりがあることが判明する。九年前に不可解な死を遂げた彼女にかかわる人間が、なぜ今になってこの島に集められたのか。やがて作家たちは次々と奇怪な死を遂げ、そして誰もいなくなったとき、本当の「事件」の幕が開く。

タイトルと舞台設定、そして〈先住民の人形〉というところから、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』を思い起こす人が多いとは思う。だが、僕は『誰も死ななかった』にむしろ別の作品を感じ取った。それも、新本格を代表する傑作を。

白井さん本人は意識しているわけではないだろう。だが、作品を駆動させるものは、ほぼ同じだと僕は思う。
その作品とは、山口雅也『生ける屍の死』だ。

『生ける屍の死』の肝となるのは、次の2つだ。

1つ目は、トゥームズヴィルという舞台。
本格ミステリは垂直方向であり、警察小説は水平方向――と言ったのは小森健太朗さんだったと記憶しているが、意味としては「ひとつの現場に留まって見つけた手がかりをもとに推論を重ねていくのが本格。現場から離れて被害者の足取りを探す内に真相にたどり着くのが警察小説だ」というようなものだ。
確かに、本格ミステリは〈館〉は描くが〈街〉を描かない傾向にある。街(と街に住む人々)を描いたものとしては、エラリィ・クイーンのライツヴィルものが挙げられるが、真に傑作といえるのはクロフツの作品群ぐらいだろう。特に『マギル卿最後の旅』は、フレンチ警視が捜査で訪れる街と、そこに住む人々が魅力的に描かれている。

クロフツとは違った形で、街を描いてみせたのが『生ける屍の死』である。本作に登場する人物たちは、ニューイングランドの田舎町という空間だからこそ成立する行動原理に基づいて動く。田舎に住み都会に憧れる者(ウォーターズやエッティング)。よそ者に厳しい田舎のヤンキー(ガス)。田舎で燻っている自分を肯定できない者(ウィリアム)――彼らが引き起こすドタバタが物語を混乱させるのだ。

2つ目は、死者が甦る世界という特殊設定。
死者が生きている人間と見た目的に変わらない状態で物語に存在できるというのが、本格ミステリとしてとにかく効いてる。
誰が死んでいて誰が生きているのか、どの時点で死んでいてどの時点で生きているのかが、登場人物にも読者にもわかりづらくなっているため、とにかく混乱を生むからだ。

では、白井さんの『そして誰も死ななかった』はどうだろう。
先ほど挙げた『生ける屍の死』の肝という話でいえば、『そして誰も死ななかった』はまさに2つ目の「死者が甦る世界という特殊設定」で共通する。
甦りのタイミングを誤解させようとした奴がいた」「甦るかどうかを確認するために犯人は人を殺して廻った」などは、そのままズバリだ。
デリヘル嬢やデリヘル店の店長といった“はみだし者”が探偵役を果たすというのも、パンクスが探偵役を務める『生ける屍の死』に近いものがある。

ただ、『生ける屍の死』にはない魅力が『そして誰も死ななかった』にはある。それは、ストイックさだ。
『そして誰も死ななかった』は白井の作品の中でもダントツにロジカルな印象を受ける。それは、このストイックさに依るところが大きい。
なにせ、無駄がないでのある。無駄がないから、高密度のミステリになり、ロジカルだという印象を受けるのだ。
本作はそもそも街ではなく孤島を舞台とするから、それこそ水平方向に話が広がりようがないから、ストイックさが担保されているわけだが、本書における無駄のなさというのは、白井智之の構成力に依るところが大きい。ありとあらゆる描写が伏線となり、特殊設定もすべて推理に組み込まれている。正解だけでなくダミー解決にさえも組み込まれるのだ。ここまで高密度な本格ミステリにはなかなかお目にかかれない。

もっと踏み込んだことを言おう。
本作では、甦る理由をきちんと説明した上で、そこも推理に組み込まれている。そこが白井さんの凄さである。『生ける屍の死』ができなかったことを、白井智之さんは成し遂げているからだ。この一点において、本作は本格ミステリとして『生ける屍の死』を超えている。
つまり、新本格の頂点は『そして誰も死ななかった』に更新されたということになる。

新本格以降の本格ミステリにおける最高傑作にして、最も端正な本格である『そして誰も死ななかった』。内臓が飛び出たり、体液がぶちまかれたり、寄生虫が出てきたりとちょっとだけグロいけど、由緒正しい上品な本格ミステリだというのはわかっていただければと切に願う。
――そう。白井智之はちっともグロくないのだ。

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