夏休みの終わりにボカロ音楽について考えた~「ボカマガ」時代から残っていた夏休みの宿題について

夏休みの終わりにボカロ音楽について考えた~「ボカマガ」時代から残っていた夏休みの宿題について

毎年8月31日になるとついついやってしまうことがふたつある。
ひとつは20年以上続けていること。そして、もうひとつは5年前に始まったことである。

前者は、フリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』を23時半頃から再生するというものだ。
8月31日に「ほんとのこと知りたいだけなのに 夏休みはもう終わり」というフレーズを聴くということが、いかに感傷的な行為であり、いかに青臭いことであるかは重々承知している。だが、そうでもしないとやりきれない気持ちを抱えたままになってしまうのも事実。かくして、私は今年も心にギンガムチェックのシャツを羽織ったのである。

一方で後者は、初音ミクについて、いや正確にいえば、(初音ミクの誕生に導かれるようにして盛り上がった)ボーカロイド音楽について考えるというものだ。
これに関しては、感傷的なものも青臭いものもない。8月31日がミクの誕生日だということをリマインドさせられて、そこから連想しているに過ぎない。

件のフリーペーパーのこと

ところで、先ほど私は「(初音ミクの誕生に導かれるようにして盛り上がった)ボーカロイド音楽について考える」と書いた。「初音ミクについて考える」でも「初音ミクをはじめとするボーカロイドについて考える」でもなく。
これは私が強く興味を抱くのが結局のところは音楽そのものであり、キャラクターそのものや、キャラクターが巻き起こした現象ではないからだ。
私が携わった[1]取材・構成・執筆のみならず、企画・編集として関わっていた。時には撮影を担当することもあった(笑)フリーマガジン「ボカマガ」が「ボーカロイド音楽の情報マガジン」と謳っていたのも同じ理由からである。
さて。件のフリーペーパーには、定められた期間内にニコニコ動画にアップロードされたすべてのボーカロイド楽曲(UTAUやCeVIOで作られた楽曲も含まれていた)から曲を選んで紹介するコーナーが、目玉企画としてあった。
「すべての」というところに嘘偽りはない。実際に私ひとりで毎日すべて視聴し、その上で執筆陣と決めていった。
2012年頃から同様のことはこっそり行っていたのでやりきれるだろうと思ってはいた。だが、公開することを前提に、形になることを前提に毎日チェックを続けるのは実際のところ、かなりのプレッシャーではあった。なにせ発行部数は5万部である。準備号から入れて計4冊分[2]『ボーカロイド・ランキング-2013年度版-』(ワニブックス)も入れれば計5冊分、よくぞ続けられたものだと我ながら感心してしまう。

件のフリーペーパーは4冊発刊した段階で休刊することとなった。
私自身も、同冊子を発行していた編プロを2014年に退職。一時期、某老舗ロック音楽雑誌の編集者として働いていたこともあったが、今はフリーの編集者として漂流し続けている。
そして、件のフリーペーパーが再開することはおそらくもうない。
発行していた編プロがもうないからだ。

ボーカロイド音楽の音楽的な成熟

私は以前、ブリル・ビルディング・ポップスとボカロ音楽を対比させ、そこから論考する評論をボカロ批評同人誌に寄稿したことがある。[3]ここで読めます

その論考の中で、私はボカロを使ってボカロPが楽曲を発表する状況と場(≒ニコニコ動画)を現代のブリル・ビルディングであると見做した。
また、楽曲の作りこみ具合、音楽ジャンルの網羅性、音やアレンジへの凝りよう、メロディや歌詞の洗練具合に至るまで、ボカロ音楽が確実に以前よりもジャンルとして成熟していることを指摘し、音楽的な成熟は下記の3点を条件とする、と論を進めた。

  • 音楽的素養が高いボカロPたちの同時多発的な発生
  • ボカロPたちが日常的に「オーディション」されることで互いに切磋琢磨できる環境
  • 音楽を手軽に再生・共有できるメディアとして投稿系動画サイトが普及していたこと

私は元々アメリカ音楽を中心に聴いてきたわけだが、そんな私がボカロ音楽を日常的に聴くようになったのはボカロ音楽が音楽的に成熟していたからだ。聴いていて素直に楽しめるだけの魅力に溢れていたからだ。
正直にいえば、私はそれまで同人音楽というものにそこまで強く興味を持てなかった。だが、その考えをあらためさせてくれたのはボカロ音楽である。「それはなぜか」という自身への問いかけから生まれたのが前述の論考だった。
さて、先ほど私は「私はそれまで同人音楽というものにそこまで強く興味を持てなかった」と書いた。この「それまで」というのは具体的にいえば、2011年を指す。私はそれまでボカロ音楽をほとんど聴いてこなかったのだ。
きっかけとなったのはツマーさんの楽曲「雨上がりの月曜日」、そして八王子Pの「Distorted Princess」である。
前者については、twitterでオールディーズについてやりとりを何度かしていたツマーさんがボカロを使って曲を作っていることを知って、それで聴いてみたら……というもの。大滝詠一が書くようなメロディ。第2期ナイアガラ・サウンズを思わせるようなサウンドにも痺れた。[4]後に同曲は第3期ナイアガラ的なサウンドへとブラッシュ・アップされることになる

後者については、「Dynamite!! 勇気のチカラ2010」における青木真也VS長島☆自演乙☆雄一郎戦の煽りVで使われているのを聴いて……というもの。そのバキバキなサウンドに一気にノックアウトされた。

この両方の体験がほぼ同時に起こった結果、私はボカロ音楽を聴く、いや発見するに至ったのである。

「君が死んでも歌は死なない」は聴こえているか?

今年の8月31日はなんとなく、本当になんとなくボカロ曲を100曲選んでみた。[5]UTAUとCeVIOは除外した
アメリカン・ポップスなんかと同じ感覚で私自身が生活の中ですんなり聴ける曲を。
「ボカマガ」時代に編集作業をしながら聴いた戦友のような曲を。

感傷的な気分になったわけでも、青臭い気分に浸ったわけでもない。
でも、夏休みの終わりに、夏休みの宿題が片付いていないことに気付いたので片付けることにした。

作業の途中、コバチカさん[6]有名な聴き専の方が活動をストップされたことを知った。
彼とは事情が異なるだろうが、私は2014年のある時期から今年の春ぐらいまで、ボカロ音楽どころか音楽そのものをほとんど聴けなくなっていたことがあった。
そんな時期を経て、最近ようやく立ち直れたわけだが、だからかもしれない。
最後の4曲はこういうセレクションになってしまった。
認めたくないけども、私は感傷的になっているのかもしれない。

註釈

取材・構成・執筆のみならず、企画・編集として関わっていた。時には撮影を担当することもあった(笑)
『ボーカロイド・ランキング-2013年度版-』(ワニブックス)も入れれば計5冊分
ここで読めます
後に同曲は第3期ナイアガラ的なサウンドへとブラッシュ・アップされることになる
UTAUとCeVIOは除外した
有名な聴き専の方

Columnカテゴリの最新記事